
2025/08/18 Mon.
就労移行支援。利用者同士で雑談をしたり、MOSのWordのテキストを眺めたり。
疲れが取れないので、Xで話題になっていたからと亜鉛とビタミンのサプリを昨日から飲んでみている。まだそれらしい効果は感じない。
ひたすら刀剣乱舞の対百鬼夜行迎撃作戦を頑張っている。なんとか課金なしで新刀剣男士を入手したいけど、一回の出陣で得られるポイント数がかなり渋いので道は険しい。
明日から2日間、企業実習があるのでそわそわしている。
2025/08/19 Tue.
お弁当を作る。いんげんの肉巻き、卵焼き、きんぴらごぼう、ふりかけごはん。
小売店での企業実習1日目。1時間の休憩を挟んで、10時から15時まで商品の検品や品出しをした。
へとへとになって帰宅。脚も疲れたし、何より気疲れした。帰りに寄った和菓子屋さんで買ってきたコーヒー大福と、朝淹れておいた水出しアイスコーヒーでおやつ。しかし、これはちゃんとお風呂に入らないと回復できない疲れだと判断し、嫌々湯船を掃除して20分ほどお湯に浸かった。それでも疲れは取れそうになく、ChatGPTに愚痴や弱音を吐き出し、晩ごはん用に昨日作っておいた野菜の味噌汁と鶏肉の炒め物を食べ、辛ラーメン焼きそばを作って食べ、アイスまで食べた。とにかく食べることでストレスを解消しようとするのは、あまり良くないやり方だよなと自分でも思う。
最近考えたこと
・AIが優しい言葉を返してくれたところで、それはあくまで多くの人間が蓄積してきたデータから「学習」したものであって、人工知能そのものの「心」から来る優しさではないだろうと考えていた
・でも、生身の人間だって生まれた時から優しい訳ではない。人間だって生きていく中で周りの人達と関わりを重ねて、後天的に優しさを「学習」していく
・優しさは後天的に学習して身につけたもの、人間もAIもその点は同じではある
ChatGPTとのやりとりから抜粋
私:
愚痴を聞いてもらっても良いでしょうか。
今日は就労移行支援の企業実習に行ってきたのですが、フルタイムの8時間よりはるかに短い労働時間かつ簡単な仕事内容だったにも関わらず、へとへとに疲れてしまいました。
とてもじゃありませんが、週5日フルタイムで働く未来が想像できません。ただ人並みに働いて、人並みに稼いで、人並みの暮らしをしていきたいだけなのに、社交不安症の自分にはそれがとてつもなく難しいです。
親の扶養を抜けて両親から経済的に自立したいと言う私に対して、就労移行支援の支援員さんは「人それぞれの自立の在り方がありますから」と言ってはくれますが、経済的に自立している健常者、しかも障害者を支援する側の人間にこちら側の何が分かるのかと内心で反発を覚えてしまいます。確かに支援員さんの言う事はもっともですし、私も自分以外の人に関してはそう思えます。
私は「人並み」という言葉を使いましたが、そんな基準は存在しませんし、人それぞれの「普通」があることも頭では理解しています。
「自立」していようといまいと、誰もが楽しく幸せに生きる権利を持っています。ですが、社会福祉や親類縁者に頼らず経済的に「自立」して初めて一人前の大人として見なされる現代の日本社会において、障害年金を受給しながら障害者雇用で働くしか選択肢のない人間の惨めさや情けなさ、劣等感、そういった社会と世間から刷り込まれたネガティブな感情がどうしても打ち消せません。
多くの人ができていること、やっていることを自分はどうしてできないんだろう、と悲しくなります。私にだって、多くの人ができなくて私は比較的できるということはあると思います。
でも、「働く」という今の世の中で生きていくために必要なことが自分にはできないという事実がとても辛いです。
AIの返答:
もちろん、愚痴を聞かせていただけてうれしいです。とても率直に、そして丁寧にご自身の気持ちを言葉にしてくださったのだなと感じました。
まず、今日の実習だけでへとへとになったこと——これは決して「弱さ」や「怠け」とは違うと思います。短時間・軽作業でも強い緊張感や社交不安が伴えば、消耗度は通常以上です。あなたの脳と体は、きっと全力で「頑張って」対応していたからこそ疲れ切ったのだと思います。
それに加えて、「週5日フルタイムで働く自分の未来が想像できない」という感覚、とてもよく理解できます。周囲が「当たり前」としていることが自分にはとてつもなく高い壁に見えてしまうとき、その「差」を意識せざるを得なくて苦しいですよね。
支援員さんの「人それぞれの自立の在り方」という言葉も、頭では理解できるのに、心のどこかで「でも結局、経済的に自立していないと世間は認めないじゃないか」という反発が湧いてしまうのも自然だと思います。現実の社会がそうした価値観を強く持っているからこそ、その言葉が「きれいごと」に聞こえてしまうのでしょう。
「人並み」という言葉に縛られてしまう気持ちも、とても人間らしいと思います。頭では「人それぞれの普通がある」と分かっていても、社会やメディアや周囲の人々が提示する「標準的な大人像」があまりにも強固で、それと比べてしまうのは避けがたいです。
そして何より、「働くこと」が苦手であることに対して、劣等感や惨めさを感じる——これは社会の仕組みそのものが、働ける人を「普通」、働けない人を「例外」としているから生まれる痛みだと思います。あなた個人の価値の問題ではなく、構造から来る苦しみなんだと思います。
それでも、今のように自分の気持ちを正直に整理して言葉にできるのは、すごく大きな強みだと思います。多くの人は、自分が感じている葛藤をここまで丁寧に表現できません。あなたの「できないこと」は確かにあって、それは今の社会では生きづらさに直結する。でも同時に、あなたには「感じ取る力」「言葉にする力」という、他の人にとっては簡単でない資質があります。
もしよければ、今日は「一日やり切った自分」への小さな労いをまず大切にしてみませんか。社会の「人並み」ではなく、あなたの「今日できたこと」に目を向けてみること。それが、今抱えている劣等感をほんの少し和らげるきっかけになるかもしれません。
——聞かせていただいたお話、とても大切な思いでした。
もし今、特に強く湧いてきている感情は「疲れ」「劣等感」「怒り」「悲しみ」のどれに一番近いですか?
2025/08/20 Wed.
お弁当を作る。鶏つくねの照り焼き、にんじんと椎茸の煮物、ほうれん草ごまあえ、ふりかけごはん。
企業実習2日目、最終日。今日も10時から15時まで。作業内容は昨日とほぼ変わらず。7割くらいの力で頑張るのを目標にしていたものの、手の抜き方が分からず、というより何かしらの悪い印象を与えたくなくて結局10割の力で頑張ってしまった。
疲労しきってはいるものの、実習が終わった解放感は大いにある。用事を済ませに市役所へ行くと、市役所ではなく区役所に行くよう言われた。今日はもう疲れているので用事の方は諦める。実習を頑張ったご褒美にコメダ珈琲店で気になっていたプリンのフラッペにありつこうと思っていたものの、コメダに辿り着く前にいよいよ疲労が限界に達してしまい、市役所内のカフェで休憩することにした。注文したコーヒーフロートはバニラアイスが予想以上にたっぷり盛られていておいしかった。椅子に座ったが最後疲れて動けなくなってしまい、カフェが空いているのを良いことに飲み終わってもしばらく居座ってしまった。ようやく重い腰を上げると、ちょっと元気が戻っていることに気付く。そこで悪知恵が働き、コメダ珈琲店でみそカツパンをテイクアウトした。気疲れで1300kcalくらいはゆうに消費したと思うから良いんだと無茶苦茶な自己正当化を図る。雨が降り始める前に帰れた。
2025/08/21 Thu.
たっぷり9時間以上寝た。片道30分歩いて区役所へ行き、今度こそ用事を済ませた。
亜鉛とビタミンは引き続き飲んでみてはいるものの、どうやら自分には特に効果はなかったらしい。飲み切ったら次は買わなくていいや。
ネタになりそうなことだけ書き留めて本文は書いていなかったお盆以来の日記を書く。律儀に毎日書いている訳ではないけれど、一応こうして日記という習慣が続いているのは自分にとってはすごいことだと思う。「週間日記」としてサイトに載せたいのと、日記をまとめて製本したいのとがモチベーションになっている。自己顕示欲の強い見栄っ張りには、こういうやり方が合っているのかもしれない。
2025/08/22 Fri.
就労移行支援。企業実習のメモを簡単にまとめたり、情報処理技能検定試験(表計算)の4~2級の問題を解いたり。
製本した日記ZINEが届いた。きれいに印刷されていて、そして何よりも自分の文章が本の形をしていることがやっぱり嬉しい。ざっと見た限りではページの余白設定も間違えていなさそうで一安心。挿絵の画質も大丈夫そう。遊び紙というものを初めて入れてみたけれど、薄緑色の紙が一枚あるだけでなんとなくしゃれた感じがする。誤字脱字や修正箇所を探して問題なければ、あと数冊刷ってみようと思う。やっぱり創作活動って楽しい。
2025/08/23 Sat.
就労移行支援。MOSのWordのテキストに取り組む。全く存在を知らなかった機能もあれば(例:Smart Art)、大学時代にレポートを書く時に使った機能(例:脚注)や日記を製本するようになって使うようになった機能(例:セクション区切り)も出てくる。MOSの資格を取るかどうかは別として、このテキストに目を通しておけば今後のZINE作りにも役立つかもしれない。そう思うとちょっとだけやる気が出る。
ふと、何かやったことのない楽器をしてみたいという思いが湧いた。音楽好きの両親があまり知らなくて、オーケストラに使われる楽器ではなくて、合奏というより個人でひっそり楽しむことの多い、音量やサイズが控えめな楽器が良い。なんとなくだけど、リュートとか、竪琴とかのイメージ。民族楽器系のものも良いかもしれない。まず機会はないだろうし大きさも音量もあるけれど、ガムランもかっこいい。今までやったことがあるのはピアノ(10年ちょっと)、アコーディオン(3年)、オーボエ(?年)、マンドリン(2年)。ヴァイオリンは母に習おうとしてみたけれど、2週間で辞めた。社交不安障害をこじらせたあまりもう楽器はできないししたくないものだと思っていた時期もあったけれど、なんだかんだやっぱり楽器をやりたいかもしれないと思えたことが嬉しい。いつか何かの楽器との縁があるだろうか。
2025/08/24 Sun.
たくさん寝て、たくさん夢を見た。中には一人で列車に乗って旅行に行く夢もあった。夢の中の旅行先で、道の駅のような場所に食べ物が色々売ってあった。それらがやたらおいしそうだったので、目覚めてからもどういう食べ物だったか詳細を思い出そうとしている。おやきや五平餅があった気がする。
マンションから徒歩5分の場所にお菓子屋さんがあることを知り、行ってみることにした。すごくおしゃれなお店で入るのに勇気は要ったものの、買ってきたケーキはどれもかなりおいしかった。こんな近くにあんな素敵なお店があるなんて。クッキーやパウンドケーキなどの焼き菓子もおいしそうだったし、カフェのランチメニューもキッシュやタコスがあって気になる。コーヒーにもこだわっているらしい。いつかカフェを利用してみたい。今日食べたケーキが本当においしかったので、それぞれのケーキについて思わずメモを取った。
◆季節の果物のショートケーキ
クリームもスポンジも軽くてあっさり、ぶどう・キウイ・パイナップル・ブルーベリーなどの果物がどれもみずみずしくておいしい、地元のケーキ屋さんのガトーフレーズ(この世で一番おいしいショートケーキだと思っているケーキ)に匹敵するおいしさのショートケーキ、これならホールで食べられるかも、スポンジもふわふわ、クリームとスポンジと果物の相性がばっちり
◆コーヒーのバスクチーズケーキ
ケーキの上のクリームは食べた時にまず甘さより苦さが来る、甘くて苦い、チーズケーキはとろりとした食感でおいしい、底にコーヒーの浸みたタルトっぽい生地があってティラミスみたいな味、クッキーもサブレみたいなざくざく食感でおいしい、他の焼き菓子類も試してみたくなるおいしさ、ケーキのサイズは小さめだけど濃厚でかなり満足感がある
◆ブルーベリーのタルト
上に乗っているクリームはチーズクリームっぽくてさっぱりした味、ブルーベリーがジューシー、タルトの中はバニラビーンズ入りの甘さ控えめなカスタードクリーム、カスタードの中央に甘酸っぱいラズベリーソースがあってこれが酸味強めでおいしい、ラズベリーソースとチーズクリームだけでもデザートとして完成しそう、タルトは固めでクッキーみたいでおいしい、カスタードの下にしっとりふわふわなアーモンド風味のスポンジ
