投稿者: naedokodesuka

週間日記(2024/07/22-07/28)

2024/07/22 Mon.

 漫画のプロット作り。通信制の大学で学んだ時期の後半と、半分自活計画(一人暮らし)について考えている今に至るまでをネタにした。夢中で取り組めて嬉しかった。

2024/07/23 Tue.

 読みたい本、気になる本のリストをUpNoteに作った。ジャンルごとに分類すると、自分が興味のある分野がひと目で分かって良い。私はこういうおもしろそうなものに興味を持てる私が好きだなあと思えた。ジャンルは以下の通り。

 日本文学、海外文学、植物・園芸、薬物・サイケデリックス、文化・歴史、宗教、魔術、心理学・精神医学、自殺、社会・ジェンダー・フェミニズム、生活・実用書・雑誌、書く(ライティング)、エッセイ

2024/07/24 Wed.

 お盆休みの時期に会えるのが楽しみなせいか、二晩続けてきょうだい達が出てくる夢を見た。
 明日明後日は「真夏の本屋巡り2024」を決行するので、その荷造りをした。たかだか一泊二日なのに、どうして荷物がこんなに重くなってしまっているのか自分でも分からない。

2024/07/25 Thu.

 真夏の本屋巡り2024と題して、一泊二日の福岡一人旅。何年か前の夏にも同じようなことをしてすごく楽しかったので、またやってみたいと思っていたのだった。旅費を少しでも浮かせるために、往復とも新幹線でなく高速バスを予約した。大学生の時(約10年前)に帰省だ何だでよく利用していた頃に比べ、びっくりするほど料金が値上がりしている。バス停の椅子はすべてひなたになっていて、直射日光を避けようがなく暑かった。
 行きの高速バスに乗り込むと、窓のカーテンがすべて閉め切られていた。高速道路で窓から見る山々や家々を眺めるのが好きなので残念。自由に開けていいと運転手さんがアナウンスで伝えていたけど、カーテンを開ける最初の一人になる勇気がない。諦めて、乗っている間の半分はぐっすり寝て、もう半分は『百年の孤独』の続きを読んだ。もう随分長いこと読んでいるような気がするのに、まだ五十年分の孤独くらいにしか到達していない。高速道路を降りて一般道に入り、酔うので読むのをやめた。これから何らかの虐殺事件が起こるという、先が気になる部分で中断。
 久し振りの福岡! 大学時代を思い出してとても懐かしい。天神地下街で、行ってみたかったスープストック トーキョーで早めのお昼を食べる。オマール海老のビスクと、豚トロのビンダルーカレーを食べた。おいしかったけど、しばらく汗が止まらなくなった。かわいい雑貨を見たくてマルシェ ド ブルーエ プリュスを覗くと、我が家の猫(ふくちゃんの方)にそっくりな猫が描かれた掛け時計があった。すごくいいなと思ったけど、さすがに今からこのサイズの時計を持ち歩くのもかさばるし、なんなら良い値段もするので今日は我慢。おとなしく地下鉄に乗る。
 都会は本当に、おしゃれでかわいくてきれいな人が多くて驚く。人口が多いからおしゃれな人の数も田舎と比べて相対的に増えるんだろうけど、それにしたって、横顔のシルエットとか肌のきめとか、私と同じヒトとは思えないくらいきれいで慄く。そういう点に注目している自分が気持ち悪いし情けない。どうして肩とか背中とかを露出できるんだ。私も腹部が出てはいるが出してはいない。せっかく街中に行くからと浮かれて手指の爪をグリーンピースのような緑色に塗ってきたけれど、私のような芋ブスが下手なネイルもどきをして、誰かに笑われたり馬鹿にされたりしているんじゃないだろうかと被害妄想が膨らむ。面と向かって容姿をからかわれる中学校はとうの昔に卒業したのに。恥ずかしくていたたまれなくて、とにかくネイルを落としたい。誰も私のことを気にしてなんかいないのに。そして、汗をだらだらかいている私に比べて、涼しげな表情をしている人の多いこと。そうでない人、私と似た状況にある人もこの暑さだから少なくはないはずなのに、汗ひとつかいていないかのように澄ました人ばかりが目につく。ああ嫌だ、私はめいっぱいおしゃれを楽しんでいる人のファッションが視界に入る度に嬉しくなりたいだけなのに、なんで自分なんかと比べて劣等感をこじらせているんだろう。
 地下鉄の中でうじうじしつつも、六本松駅で降り、六本松421の中にある蔦屋書店を覗く。蔦屋だなあという感じ。行ってみたい本屋さんの開店時間まで時間を潰すべく、科学館に入ってみた。障害者手帳で無料。夏休みなので子どもや家族連れでごった返している上、筋金入りの文系にはあまり興味の持てない内容だったのですぐに出てきてしまった。科学館に図書館のようなスペースがあったので、そこで本でも読もうかと思ったものの、「本日動画撮影しています」みたいな貼り紙がしてあり、ごついカメラの準備をしている人達がいるので退散。とにかく涼しい所で座って過ごしたい。足裏やふくらはぎが、日頃歩いていなかった報いを一身に受けている。近くにあるチェーンのカフェを検索してみると、どうやらスタバとシアトルズベストコーヒーしかないらしい。イスラエルによる虐殺に抗議したい以上、スタバと、サブウェイと並んでいるシアトルズは利用したくない。
 開店時間にはまだ早いけど、移動することにした。途中に誰もいない公園があり、日陰になっている椅子に腰掛ける。ベンチというベンチが排除ベンチになっていてむかむかする。ちっせえ人間だなあと行政に向かって吐き捨てたい気分。しかも、ベンチはどれも日陰になっておらず、直射日光に晒されている。ベンチなのに人を休ませようという気が一切ない意地悪ベンチ。私が座った大きな石(多分座っていいやつ)は、いくらかは木陰にあったけど、それでも気温が気温なので特に涼しくはない。
 その辺に個人経営らしきおしゃれカフェがちょこちょこあるので、勇気を出して行ってみることにした。入り組んだ所にある分かりにくい入り口を探し出し、中に入ると、いかにも洗練された都会の人というようなさわやかな店員さんとお客さんが語らっている。田舎の芋としてはただただ臆するばかりだけど、ドアを開けた以上「やっぱり帰ります」などと言う度胸があるはずもなく、おどおどしながら席へ案内してもらった。店内にはコーヒーのすごく良い香りが漂っていて、この香りを嗅げたから勇気を振り絞ったかいがあったなと思えた。メニューを見る限りコーヒーだけを扱っているようで(コーヒー屋さんだからそれもそう)、コーヒー以外の飲み物があればそれを頼もうと思っていたので内心戸惑う。コーヒーは大好きなのに、飲むと高確率でお腹を下しがちなので、賭けに出ざるをえなくなった。でもコーヒー屋さんのコーヒーだから、絶対おいしいに決まっている。腸の薬は市販薬を3種類持ち歩いているから、いざという時きっとどれかは効くはずだ。浅煎りの水出しアイスコーヒーを注文した後に、デカフェのコーヒーもメニューにあることに気付いた。しまった。店内は、常連なのか顔馴染みらしきお客さん達がカウンターで店員さんと親しげに話していて、紛れ込んだよそ者としてはただただ萎縮するしかない。自分のこういう卑屈さがみじめでならない。でも運ばれてきたコーヒーはおいしかった。酸味が強く、コーヒーではないような感じさえする。おすすめの飲み方だというのでシロップを加えてみると、コーヒーの苦みはうっすらありながら、甘酸っぱいような味の不思議な飲み物になった。せっかく来たのだからと、お店オリジナルのドリップコーヒーも購入した。
 おしゃれコーヒーを飲み干し、今回の本屋巡りで一番行きたかった店といっても過言ではない、「本と羊」さんへ。サイトにあった「『誰かの背中を少しだけ押せる』ような本をセレクトしています」という紹介文がとても素敵で、是非とも訪れてみたいと思っていた。明るい水色のドアがとてもかわいい。お店のSNSを見たら、お店の方がコロナにかかり療養期間が明けたばかりとあったので、さっきドラッグストアでヴィックス メディケイテッド ドロップを買っておいた。客とはいえどこの誰かも分からない人間から飲食物を押し付けられるのはありがた迷惑じゃないだろうか、かえって気を遣わせないだろうかとすごく迷ったけど、このご時世に安心して立ち寄れる本屋さんを営業してくださっていることへの感謝を伝えたくて、勇気を出した。気になったZINEを2冊購入し、「ご迷惑でなければ…」とごにょごにょ言いながらドロップを渡すと、喜んでくださって本当に嬉しかった。お店の方は気さくな優しい方で、少しお話しできて楽しかった。本が好きな学生さんを支えるためという募金箱があったので、これまた素敵だと思いささやかな額だけど募金した。後でお店のSNSを見ると、私が渡したドロップをかわいい羊の人形と一緒に写真を撮って、SNSに投稿してくださっていた。自分がなけなしの勇気を振り絞って行動を起こした結果喜んでもらえるというのは、こんなに嬉しいことなんだと思えた。人に優しくして喜んでもらえるって本当に嬉しい。嬉しすぎて投稿をスクショした。これからも勇気を出して誰かに優しくしようと思えたから、本当に背中を少しだけ押してくれる本屋さんだった。
 六本松駅に戻って地下鉄に乗り、薬院大通駅で降りる。薬院駅とは別物らしいことを今になって知る。駅から10分ほど歩いて、「くらすこと」へ。たかだか10分程度となめていた。脚が疲れているのでやたら遠く感じるし、たった10分の間に腕が日焼けした。晴雨兼用の折り畳み傘じゃなくて、ちゃんと日傘専用のものを持ってくれば良かったかもと後悔。くらすことの店内は、「丁寧な暮らし」ってきっとこんな感じなんだろうなと思うような空間だった。2階の書店で、気になっていた漫画『家が好きな人』(井田千秋、実業之日本社)を買い、3階の雑貨販売とギャラリーも覗く。丁寧な暮らしここに極まれりといった雰囲気だった。素敵な品物ばかりだったけど、値段を見る勇気はない。
 薬院駅まで迷わず歩けるか少し怪しかったので、さっき来た道を戻って薬院大通駅に行く。再び地下鉄に乗り、今度は博多と中洲川端で乗り換えて箱崎宮前駅で下車。箱崎「ぐう」ではなく箱崎「みや」らしい。さあこれから12分、駅からブックス キューブリック箱崎店まで歩くぞという時に、スマホに「今から猛烈な雨が降ります」という旨の通知が来た。今の今まで晴れていたのに、夏はこれが困る。幸い、目的地に着く直前に降り出したので、あまり濡れずに済んだ。日傘専用じゃなくて、晴雨兼用の傘を持ってきていて良かった。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆、集英社新書)と、明日の朝ごはん用にパンを3個購入。チーズカレーパンと、紅茶葉入りのメロンパンと、レモンクリームとクランベリーのパン。おいしそうだから欲張ってしまった。
 パンを潰さないように気を配りながら、書店からすぐ傍の箱崎駅へ。JR鹿児島本線で千早駅に向かい、駅構内のレガネットで晩ごはん用に小さい味噌カツ丼とサーモンのお寿司、野菜生活とお茶を買った。せっかく旅先だからと、欲望に忠実に今食べたいものを買った。もう足が疲れすぎているので、夜はホテルの部屋でのんびり食べたい。西鉄千早駅から西鉄貝塚線に乗り、名島駅で下車。今夜泊まるホテルCRYSTAL & RESORT FUKUOKAは大きな建物で、これまた大きな新宗教の施設のすぐ隣にあった。私の地元にも施設がある宗教で、窓には「お気軽にお立ち寄りください」と貼り紙がしてあった。ホテルの内装は、サイトで見ていた通り独特だった。薄いピンク色の壁には天使や花が飾られ、赤いビロードのようなソファには金色の猫脚が付いている。おもしろがって部屋の写真を撮って少し涼んだ後、近くのローソンへ行って除光液とアイス、リポビタンフィールを買った。部屋に戻って晩ごはんを食べるも、お寿司に醤油が付いていないことに今気付いた。うかつだった。グリーンピース色のネイルを落とし、シャワーを浴びて、レモン味のソフトクリームを食べ、精神科と皮膚科の薬を飲んで、荷物を整理して、歯を磨いて寝る。とにかく足が疲れたので、持ってきためぐりズムの足に貼るシートを貼ってみたけど、貼るなり秒で剥がれた。本当に貼るために作られた製品なのか疑わしくなるほど剥がれやすく、寝返りも打てないのですぐ剥いだ。大通りに面しているせいか、夜でも車の音がうるさい。救急車やパトカーのサイレンが鳴り響く。なんなら、部屋のエアコンまでもがごうごうと音を立てて耳につく。それでも、疲れていたのでぐっすり眠った。

2024/07/26 Fri.

 真夏の本屋巡り2024、二日目。9時過ぎにホテルをチェックアウトして、名島駅から西鉄貝塚線に乗り、貝塚駅で乗り換え。福岡市地下鉄箱崎線へ天神に向かう。往路で通るであろう改札口の近くのコインロッカーに、重たいリュックサックを預ける。貴重品を入れたサコッシュと、エコバッグ代わりの大きいトートバッグで天神地下街をうろうろする。雑貨屋さんでかわいい生活雑貨を見るのは楽しい。途中でてんちかの積文館書店の前を通ったので、一応そこにも入ってみた。
 ソラリアステージのINCUBEで、我が家のアイドルとらちに似た猫の図柄のコースターがあったので、それを買った。都会はおしゃれな人ばかりで慄くけど、INCUBEの化粧品フロアでは何も買わなかったし、ほとんど素通りしてろくに見もしなかった。顔に塗る粉や液を買うなら、そのお金で本を買いたいと思って、そういう自分のことは嫌いじゃないと思えたことが少し嬉しかった。自分の顔に色を塗り足した所でたかが知れているし、化粧品や基礎化粧品を駆使すれば整った顔になれるような素質のある顔じゃない。-100が-80になった所で0にはほど遠く、+の数字になるなど不可能だ。だったら本に投資した方が、私にとってはきっと良い。もちろん、なんだかんだ理屈を捏ねても、かわいい女の子やきれいな女の人達がコスメ選びを楽しんでいる空間に、妖怪のような自分が足を踏み入れるのは気が引けすぎて無理というのも大きい。
 お昼はソラリアステージのちゃぶや咖喱魚で野菜スパイスカレーを食べた。カラフルな野菜のおかずが4種類と、揚げた野菜がたくさん乗っている。自分では作れない味の、スパイシーなのに辛すぎないおいしいカレーだった。私は自分で思っていた以上にカレーが好きなのかもしれない。セットで注文した和紅茶のアイスティーも、あっさりした甘さでおいしかった。
 一駅分でも歩きたくない暑さと、体力温存のために、地下鉄に乗って赤坂へ移動した。ブックス キューブリックけやき通り店まで歩く。徒歩8分の道程が、気温の暑さと日差しの熱さでやっぱり遠く感じられた。通りすがりの男子グループが「あっつ、まじえぐい」と呟いていたのが妙におもしろかった。日傘の柄に取り付けるクリップ付きの扇風機を使っている人を見かけて、そんなアイテムもあるのかと驚いた。華奢なサンダルで歩いている人もいて、都会は徒歩移動が多いだろうにそれでよく歩けるものだと感心した。けやき通りは、街路樹としてこんな高さの樹もありなのかと驚くほど背の高いけやきがたくさん植わっていて、まさしくけやき通りだった。歩道のほとんどは木陰になっていて涼しく、東京で木を伐るだのなんだの喚いている政治家はなんて馬鹿なことを考えているんだろう。ブックスキューブリックでは、前から読んでみたかった『生きのびるための事務』(坂口恭平、道草晴子、マガジンハウス)を買った。
 再び地下鉄に乗って天神に戻る。次はジュンク堂書店福岡店へ。さすが大きい書店だけあって専門書が充実していて、心理士になる夢を諦めていない時に来ていたら買い込んでいたであろうと思われる本がたくさんあった。未だに、書店へ来ると心理学の棚を確認してしまう癖が抜けない。植物に関する棚もきちんとチェックして、『観葉植物の文化誌』(マイク・マウンダー、原書房)を買う。母からLINEが来て、事故のため帰りの高速道路が上下線とも通行止めになっているという。出張から帰る母と途中で合流しようということになり、予約していた帰りの高速バスをキャンセルして新幹線を予約した。
 足が疲れた。足さえ疲れていなかったらジュンク堂をもっとじっくり眺めていた所だったけど、もうとにかく疲れてしまって、歩き回る元気がない。どこか涼しい場所で、冷たい飲み物を飲みながら座って休みたい。でも、この時間帯だからカフェはどこも人でいっぱい、さあどうしよう。岩田屋の前を通りかかると、文喫の看板が見えて、これだと思った。2時間1100円の料金を払って、おかわり自由の冷たい煎茶を啜りながらゆっくり休憩した。有料ブース内は冷房が効いて寒いくらい涼しく、静かに座って休めて天国だった。『魔術師列伝──魔術師G・デッラ・ポルタから錬金術師ニュートンまで』(澤井繁男、平凡社)があったので読む。期待したファンタジックな世界観とはまったく異なる、ヨーロッパの歴史書といった内容と語り口だった。文章が頭に入ってこないので、本を読むふりをしてうとうとと舟を漕いだ。
 岩田屋のきらびやかな化粧品フロアは、日光に晒されたモグラやみみずのような体で逃げるように後にした。本当に化粧品を買うことが目的なのだろうかと疑いたくなるような振る舞いや身なりの高齢男性が、ブランドものの化粧品を扱うお店の若い女性に親しげに話しかけていて、Twitterでたまに見かける美容部員さんの愚痴はこういう場面で発生するのだろうなと思った。多分こういう化粧品のブランドが顧客として想定している主な属性(30代前半の女性)だけは当てはまる自分でも己の醜さを恥じて到底近付けもしないのに、デパートの美容部員さんに無料で接待してくれるキャバクラのように接する中高年男性の心臓の毛深さ、神経の図太さには舌を巻く。もちろん、褒めてはいない。
 文喫でいくらか体力を取り戻したので、15時開店の「本のあるところ ajiro」に移動。親不孝通りという場所にあるらしい。『パーティーが終わって、中年が始まる』(pha、幻冬舎)と『モトムラタツヒコの読書の絵日記』(モトムラタツヒコ、書肆侃侃房)を買った。
 朝に見かけて買わずにいた、猫の形の花瓶をやっぱり買おうと思い、天神地下街のBIRTHDAY BARを再び訪れた。ふくちにそっくりなそれを買い、ほくほくしながらコインロッカーでリュックを回収。地下鉄に乗って博多へ向かった。
 博多バスターミナルの紀伊國屋書店も覗きはしたものの、直前にどこかの紀伊国屋書店が歴史改竄主義のヘイト教科書をポップ付きで面陳しているというツイートを見かけた所だったので、じっくりは見なかった。ほとんど歩いて通り過ぎたような感じ。荷物も重いし、とにかく疲れているので、カフェ・ド・クリエでレモンスカッシュを頼んで座って飲んだ。乾いた喉にしみ渡るようだった。2階のブルーブルーエも眺めて、博多駅に戻る。両親や祖母へのおみやげを買い、自分の晩ごはん用に駅弁を買い、博多駅発の新幹線に乗り込んだ。早めにホームに並んでいたから座れたものの、高速道路が通行止めになったからか、指定席の乗車率は100%で、自由席にも座れない人がいるほど混んでいた。その後、母と合流して帰宅。
 家に帰ると心底ほっとした! 猫達が伸び上がって出迎えてくれて嬉しい。ふくちが私の匂いをくんくん嗅いでいた。駅弁は鶏そぼろごはんとチキン南蛮が入ったものを買ったけど、そぼろは味がしなかったし、チキン南蛮は宮崎県民が激怒しそうな味だった。おでかけもすごく楽しいけど、家も家で居心地が良い。荷解きやお風呂、寝る支度を済ませて自分のベッドに潜り込むと、帰ってきたなあと安心できた。私は一人暮らし先のアパートなりマンションなりの一室で、こんな風に帰巣本能が満たされる住みかを作り上げることができるんだろうか。

2024/07/27 Sat.

 両脚が筋肉痛。二日続けて15000歩歩いたので、運動不足の身にはなかなかな負荷だった。それでも安心できる寝床でぐっすり眠ったので体力気力も回復し、洗濯物をたくさん干して、家じゅう掃除機をかけ、あちこち片付けて、メイクブラシや基礎化粧品の旅行用小分けケースを洗い、家の中をせっせと動き回ってすっきりさせた。その後は机に向かって、昨日一昨日の旅行の日記を書いたり、Excelに出費記録をつけたり。
 昨日買った2冊のZINEを読む。はっさくさんのZINE『日記を読めば大丈夫』を読んだ。私と年齢が近いらしい方が書かれている日記本で、優しく穏やかな文章と雰囲気のある写真がすごく良かった。一昨日訪れた書店「本と羊」さんのことも書かれている。「薄い膜」というエッセイには特に共感した。私は自分が他者と関わることについて「着ぐるみを被るように、猫を被ってしまう」と考えていたけど、なるほどこういう表現もあるんだと思い、人と親しくなることへのこうした悩みは自分だけが抱えているものではないのだと安心した。それから、夏森かぶとさんのZINE『本のある生活』も読んだ。私は書店員という仕事に密かな憧れを抱いているから、実際に書店員として本屋さんで働いている方の本とのリアルな関わりが読めておもしろかった。人から借りた本はどうも頭に入ってこないこと、疲れている時に読みやすいのが日記本ということなど、確かにそうだなあと頷きながら読み進めた。今の私は本を一冊読み切ることのできるような読書用の体力(?)があまりないので、こういう時にZINEは手に取りやすくてありがたい。書いた人の生活や考えに触れて、ああこの人もどこかで生きているんだと心強さのようなものを覚える。ZINE、いい文化だなあ。
 畑の枝豆がいよいよ収穫できそうだったので、6株とも引っこ抜いて茹でた。採れたて、茹でたての自家製枝豆は豆の味が濃いような感じで、なかなかおいしかった。家族もぱくぱく食べてくれた。枝豆は初めて育ててみたけど、思ったより虫もつかなかったし、世話も簡単で育てやすい。豆類自体育てたことがなかったから(観賞用のスイートピーくらい)、新鮮でおもしろかった。
 夜は、昨日買った『生きのびるための事務』を読んだ。漫画形式だから読みやすくて助かる。素敵な生き方だなあとしみじみ思った。私も「こんな風に生きていきたい」という漠然としたイメージだけは持っているけど、どうやればその理想に辿り着けるかはさっぱり分からず、途方に暮れている節がある。でも、この本を読むと、なんだかんだ良い方向に進めるんじゃないかという前向きな気持ちが湧いてくる。さっそく、明日にでもノートに今と未来の一日の過ごし方を書いてみようと思う。

2024/07/28 Sun.

 『家が好きな人』を読んだ。どのページのイラストも、それぞれの登場人物の暮らし方もすごく素敵で、一人暮らしが楽しみになる本だった。一人暮らしへの不安が紛れる。それから、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』も読み始めた。この本はTwitterで話題になり始めた時から気になっていたのだけど、無職の自分が読んではいけないのではないかと変に気が引けていたのだった。読み始めると、おもしろい! 読書という趣味がこの国の人々にどう普及していったのか、そしてなぜ現代人は本を読めずにいるのか、なるほどと納得がいく。新書という形をこの頃はほとんど読んでいなかったけど、手に取りやすいし読みやすくていいものだなあ。

週間日記(2024/07/15-07/21)

2024/07/15 Mon.

 録画していたテレビ「岩合光昭の世界ネコ歩き」を流していたら、ふくちがテレビ台の上に陣取って、時々テレビ画面を見ていた。猫としての正しい振る舞いを学んでいるのかもしれない。
 2020年の日記を見返したら、楽しそうな内容が書かれた日があった。

2020.09.28 Mon.

 バイト。ハーブがたくさん入荷してきた。スペアミント、ペパーミント、アップルミント、パイナップルミント、イングリッシュミント、オーデコロンミント、グレープフルーツミント、ストロベリーミント、オレンジミント、バナナミント、ジンジャーミント、モロッカンミント、モヒートミント、レモンバーム、レモングラス、レモンバーベナ、ローズマリー、タイム、ディル、オレガノ、クレソン、セージ、イタリアンパセリ、チャイブ、バジル、シナモンバジル、ルッコラ、フェンネル、マジョラム、カレープラント、レモンマリーゴールド、セロリ、パクチー、パンダンリーフ、ハイコショウ(這胡椒)など。初めて見るものもあってすごく興奮した。モロッカンミントを買ったので、そのうちミントティーに挑戦してみたい。

 これだけの種類のハーブを一度に目にする機会なんてそれまでの人生でなかったから、本当に、ものすごくテンションが上がっただろうことは想像にかたくない。なんなら、園芸店に2年ちょっと勤務した後の自分でも、ハーブがたくさんあるのを見るとやっぱり浮かれてしまう。名前を聞いたことのない、手持ちの図鑑に載っていないハーブまでぽんと目の前に出されたら、品出ししながらにやにやするのをどうしたって抑えられない。この時に買ったモヒートミントは相変わらず鉢に植わっていて、勝手に生えてきたねじ花と共存しながら爽やかな香りの葉を茂らせている。ときたまハーブティーにしたり、湯船に浮かべたりして楽しんでいる。それにしても、この頃は手書きでノートに毎晩書いていたらしくて偉い。しかも、「今年読んだ本」のページを見ると一年間に本を20冊以上読んだとあった。この頃はまだ本を読みたいように読めていたのか。昔は息をするように自然に活字を楽しめていたのに、今では読書するのにいくらかの気力や集中力がないと難しくなってしまっている。本の虫と評されることが最高の褒め言葉だと思っていたのに、悔しいなあ。前向きに考えれば、この4年間で読書のペースは落ちたものの、園芸店のバイトのおかげで植物を育てるスキルは各段に上達したので、良い変化もあったのだと納得することにしたい。

2024/07/16 Tue.

 四コマ漫画の続きを描きたくて、自分がこれまで書き散らしてきたものの中からせっせとネタを集め、プロットを作った。Twitterのアーカイブ、日記、手帳の中から使えそうなネタを拾い出し、それを元に四コマ(八コマ)ずつのストーリーを考えていく作業は、パズルのようで楽しい。ところが、描きたいできごとをまだ全て話にし終えていないのに、ページ数がかなり多くなってしまった。この量を一体誰が描くんだろう。

2024/07/17 Wed.

 観葉植物の水やりと手入れをした。フォッケア・エデュリスの蔓が伸びていたり、パフィオペディラムに新しい葉が出ていたり、ペヨーテに蕾がついていたりと、いつの間にか変化が起きていておもしろい。一人暮らしを始めるに当たって、今持っている観葉植物の大半は手放すつもりでいる。だから本当は枯らしても問題はないはずなのに、水やりをさぼったゆえに葉がしんなりしたり、しわしわになっていたりするのを見ると、つい慌てて水をやってしまう。どうしても連れて行きたい少数精鋭の鉢を除いて他はジモティーで人に譲ろうと考えているけど、アプリでのメッセージのやりとりが面倒くさい。枯らして捨ててしまえばそのやりとりはしなくて済むけど、さすがにそれは気乗りしない。それぞれの植物に思い入れがあったり、「いいな!」と思って購入したりしてきたのだから、共に実家で暮らしてきた彼ら(植物)への義理という意味でも、なるべく欲しいと思ってくれる人に引き渡したいと思っている。猫達と離れるのが一番寂しいと思っていたけど、植物と別れるのも思っていた以上に寂しいものなんだなあ。
 引っ越し先の物件探しをしたり、就労移行支援事業所について調べたりもした。少しでも無理のない働き方をしたいから、就労移行支援を通した方が、いきなり普通の職場でパートとして働くよりは良い気がする。自分がどういう仕事ならできそうか、どういう仕事をしたいか、考えられる条件もリストアップしておこう。

2024/07/18 Thu.

 部屋のインテリアについて考えるのが楽しい。ピンク色のかわいいカーテンをネットで見つけて、自分の部屋くらいうんとかわいくしても良いよなと思いちょっと惹かれたものの、ピンクのカーテンは防犯上よろしくないらしい。カーテンの色くらい好きにさせてくれ、ピンク=女性なんてステレオタイプな決めつけにも程がある、とやり場のない怒りが込み上げてくる。結局、今の所は無地のブルーのカーテンと、芝生のような緑色のラグが欲しいなという結論に至っている。可能なら、アイボリーのフェイクレザーのコンパクトソファも欲しい。実際購入する段になれば引っ越しの予算と相談しながらにはなるけど、こうやって想像を膨らませる分にはただだし。

2024/07/19 Fri.

 予約していた美容室へ行き、パーマをかけてもらった。前回よりさらに強いパーマにしてもらった所、本当にくるくるの仕上がりになった。鏡を見る度、自分の頭じゃないようで愉快な気分になる。さらさらつやつやのストレートヘアや異性にウケの良い髪型こそが良いのだという世の中のルッキズムに晒されてきたから、いわゆる「モテ」とはかけ離れているであろう自分の今の髪型を見ると、なんだかすごく気が楽というか、若い女性が強制的に上がらされる土俵から降りることができたような、とにかく清々しさがある(こういう髪型が非モテの象徴とかではなく、あくまで私が思う「モテるとされている」髪型ではないという意味)。向かい風に晒されながら美容室から帰ってきた時には、きちんとセットされたはずの頭はどこへやら、とてもヘアスタイルとは言い張れないような歪なシルエットになってしまったけど、それでも構わない。誰に言われた訳でもない、私がいいなと思った髪型を私が選んだというのは、私にとってはかなり重要な気がする。家族からの評判は今ひとつだけど、別に家族にモテたくて髪をいじる訳じゃないし、この髪の持ち主たる私が満足しているんだからこれでいい。
 近くのスーパーまで足を延ばして帰る途中に、ふうせんかずらの実を見かけた。目にするのが久し振りだったのでなんだか懐かしく、涼しげな黄緑色の風船がいかにも夏という感じを思わせた。家までの20分の道程がとにかく暑くて、日傘を差していても次から次に汗が流れた。来週予定している「真夏の本屋巡り2024」を取りやめようかと一瞬ためらうくらいには暑かった。取りやめないけど。
 晩ごはんにカツカレーを作ってみた。とんかつも衣が剥がれずさくさくに揚がって、カレーも好きなルーを使ったのでちょうどいい辛さで、自分好みのおいしいカツカレーになった。髪と違ってこちらは家族からも好評で嬉しかった。

2024/07/20 Sat.

 Twitterで知った、「TIDE 瞑想と睡眠」というアプリを昨夜インストールしてみた。寝ている間に睡眠の質を点数化してくれるそうで、セットして寝たところ、96点という数字が出た。睡眠の質という点では今の私には必要ないアプリなのかもしれないけど、ちゃんと寝て良い点数を叩き出すのを目標とすることで、リベンジ夜ふかしを防止するのに役立つかもしれない。
 四コマ漫画のプロットの続きを作った。園芸店でアルバイトをしていた時のエピソードを漫画のネタとしてまとめてみたら、我ながら結構頑張っていたんだなと思えた。苦手なことややったことのないことに挑戦したり、色々考えたり、結果として辞めることにはなったけど、良い経験ができたと思う。

2024/07/21 Sun.

 熊本市内に出かけた。家を出て車に乗り込む時に、窓からふくちがこちらをじっと見ていて、ものすごく後ろ髪を引かれた。寂しい思いをさせるかな、私だけ留守番していようかとも思ったけど、5分ほど経った後にペットカメラで様子を見てみたら、窓辺のお気に入りの場所でいつものように気持ち良さそうにぐうぐう寝ていた。ひと安心。
 三年坂の蔦屋書店に、私の大好きな本『布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章』と『庭仕事の真髄 老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭』がそれぞれの場所に面陳列されていて、かなりテンションが上がった。さらに、これまた大好きな永井荷風の『断腸亭日乗』と太宰治の『晩年』が岩波文庫で新たに刊行されていて嬉しかった。買おうかすごく迷って、一応同じ作品を既に持っているのだからと今日のところは我慢した。
 帰りに寄ったサービスエリアで、ラズベリーとレモンのジェラートを買って食べた。甘酸っぱくて爽やかでおいしかった。

週間日記(2024/07/08-07/14)

2024/07/08 Mon.

 鉢植えのラズベリーに花がいくつか咲いていた。子どもの頃から木いちごや野いちごが好きで、食べられる小さな赤い実には目がない自分にとって、ラズベリーはすごく好きな果物のひとつだ。でも、毎年たくさん実をつけるボイセンベリーとは違って、ラズベリーの方はなかなか実が生らない。だけど、今咲いている花が全て果実になれば、5,6粒は食べられる。楽しみだなあ。
 週末に買ってきたすももを、氷や砂糖と一緒にフードプロセッサーにかけてスムージーのようにしてみたら、想像以上においしかった。桃はなぜか子どもの頃から苦手だけど、すももは酸味があるからか、結構好きな味かもしれない。

2024/07/09 Tue.

 今朝、窓の外を見ると空に虹が出ていた。しかも、虹の根元は遠くの山々より手前にあるらしく、すぐ近所の家の向こうにあるようにすら見える。もし寝起きのパジャマ姿じゃなかったら、ご近所さんの庭から虹が生えているかどうか確認しに行きたかった。
 よく晴れた天気が続いているので、畑や鉢植えにしっかり水やりをした。種からまいた枝豆が、まだふくらんではいないさやをたくさんつけている。初めて栽培する植物というのは、妙にテンションが上がるものがある。赤と黄色のミニトマトを片手いっぱいに収穫した。
 自分だけのWebサイト、インターネット上の自分の根城が欲しくて何度も試行錯誤を繰り返している。これから一人暮らしを始めてかつかつの生活を送るに当たり、少しでも経費を抑えようと思い、今使っているはてなブログProから、レンタルサーバーを借りてWordPressに移ることを決意した。そうすれば、一番お得なプランで年間5000円節約できる。そうして孤独な闘いが始まった。ブラウザのタブを無数に開いてあれこれ検索し調べては設定をいじり、調べてはいじり、そうしてもはやサイトそのものがエラーで表示されなくなり、万事休すと思いきや奇跡的にドメインやら何やらの設定がうまくいった。ずぶの素人には一連の作業が難しすぎて、もう本当に詰んだかと思った。助かった…。
 頭を使いすぎ、かつパソコンの画面を見すぎて疲れていたので、いつものように動画や音楽を流しながらではなく無音で晩ごはんを作った。おかげでいくらか脳が休まった気がする。常に目か耳から何かしらの情報や刺激を入れていたいけど、こうして脳を休ませるのって大事なんだなあ。

2024/07/10 Wed.

 朝、ラジオのNHK FMでニールセンの交響曲第3番が流れていた。知らない曲だったし、ニールセンかどうかも知らずに聞いていたけど(後で番組表を見たらニールセンとあった)、「ニールセンっぽいなあ」と思いながら聞いていた。何がどうニールセンらしいのかは説明できないけど、銀河英雄伝説のOVAで何度も聞いたニールセンの交響曲第4番とよく似ていたのでそう思った。「すまない、ちょっとめまいが」。
 はてなブログからエクスポートしたブログのデータに、なぜか今年投稿した分の記事だけは入っておらず、せっせとコピペをする作業に勤しんだ。パーマリンクもごちゃごちゃになってしまったので、せっせと手打ちで入力し、他にも「基礎的な知識のある人だったらもっと効率の良い方法でできるんだろうな」と思うような作業をあれこれやった。とても今日一日では終わらないので、続きはまた明日。
 家の隣の空き地に、穂が大きく茎も丈夫で長い見事なエノコログサが生えていたので、摘み取って猫達とひとしきり遊んだ。最小限の動きで的確に獲物を仕留めにかかるとらちと、どたどたと足音を立ててやたらむやみに走り回るふくちのと狩りのスタイルの違いがおもしろい。

2024/07/11 Thu.

 昨日4時間かけてテレビ「グレーテルのかまど」のレシピで焼きいもを作っておいたので、今日はそれを使ってさつまいものタルトを作った。いつも作る砂糖を使わないタルト台と違って、パートシュクレとかいう生地は砂糖が入っているからかべたべたとくっつき、焼き上がった後もぼろぼろと崩れやすくて、扱いが難しかった。でも、クレームダマンドを敷き詰めてさつまいものペーストを絞り出して焼くと、それなりにおいしそうにできたので良かった。
 近所に住む祖母のアパートへ行って、祖母の誕生日を祝ってきた。小雨の中を往復して、大きく重たい新品の座椅子やできたてのさつまいもタルト、イラストを描いたバースデーカードなどを持ち込んだ。座椅子はちょうど欲しかったものだったそうで、すごく喜んでもらえた。毎週そうしているように、今日もたくさんおしゃべりをして、笑って、お茶を何杯もおかわりした。少しでも楽しい誕生日を過ごしてほしいというのは私のエゴかもしれないけど、楽しんでくれていたらいいなと思う。

2024/07/12 Fri.

 がたがたになってしまっている、引っ越し先のWebサイトを整える作業。ひたすら地道にパーマリンクを修正したり、リンクを貼り直したり。全て手作業だから、絶対にどこか間違えている部分があるに違いない。おいおい確認しないといけない。
 ずっとパソコンの画面を見ていたから、さすがに目が疲れた。もう液晶画面はしばらく見たくないけど、じゃあ何をしようかと思い、『百年の孤独』の続きを読むことにした。目が疲れたから紙の本を読むというというのはおかしな話かもしれないけど、光を発しないやわらかな白の紙面は目に優しく感じられて、何より物語の世界に没頭するのが楽しくて、良い感じに眼精疲労が緩和された。
 夜は地元のレストランで、サイコロステーキのセットを食べた。鉄板があまりにも熱々で、熱さに耐えきれないかのようにとうもろこしが一粒跳ねてテーブルの上に逃げ出したのがちょっとおもしろかった。ステーキがおいしいのはもちろん、ソースもとてもおいしくて、鉄板に残ったソースを食べるためにごはんをおかわりしたいくらいだった。ここで食べたサイコロステーキが本当においしくて、サイコロステーキ以外のメニューも絶対においしいはずなのは分かっているけれど、来る度にやっぱり同じサイコロステーキを頼んでしまう。チキンソテーやカツカレーもそのうち食べてみたいとは思っているんだけど…。

2024/07/13 Sat.

 朝から洗濯物をたくさん干して、家じゅう掃除機をかけ、味つけ卵を仕込んだり、あまりおいしくなかったりんごを砂糖と煮たりした。掃除機をかける時は、いきなりの轟音で驚かせると悪いから「猫達ー、今から掃除機かけるよー」と声をかけるようにしている。それにしても、猫達に話しかける時、しばしばマザリーズのような口調になるのはどうしてなんだろう。「お外、雨だねえ」だの「かりかりおいちいねえ」だの、幼い頃のきょうだい達にさえ言ったかどうか怪しい、小さい赤ちゃんに接するような話し方になってしまう。マザリーズという単語を耳から聞いたことがないけど、イントネーションは「セルロース」と「ヴォカリーズ」だったら、どっちに近いんだろう。
 一泊二日の福岡旅行の計画を立てた。公共交通機関に乗り慣れている方ではけっしてないから、どの時間に出るどの電車に乗るか、旅行の前にはいつもきっちり調べるようにしている。我ながら心配性だなとも思うけど、これで自分が安心して出かけられるならそれに越したことはない。一人で外食することに苦手意識があり、外でごはんを食べる必要がある時は自分の中で最も敷居の低いチェーンのカフェに入ることが多いけど(一人で外食する機会自体滅多にないが)、今回は勇気を出して一人でごはん屋さんに入ってみたいなと画策している。スパイスたっぷりのカレーや、食べたことのない台湾料理などのお店を検索して、どうか当日の自分が臆せずこうした料理にありつけますようにと願った。

2024/07/14 Sun.

 大雨。県北では線状降水帯が発生するかもしれないというニュースがあった。時々雷が鳴っていて、「雷ごろごろだねえ」と話しかけながらふくちを撫でると、雷と雨音に負けじと喉をごろごろと鳴らしていた。
 一冊だけ製本した、今年の上半期に書いた日記の冊子が届いた。表紙の中心に配置したつもりの写真がずれてしまっていたけど、自分用のものなので特に問題はない。何より、今度はノド側と小口側の余白の設定を間違えなかった! 自分の日記がいかにも文庫本らしいフォントで本の形をしたものに印刷されているのを見ると、どうしようもなくテンションが上がる。手書きの日記が続かなくて随分いじけていたけど、自分に合った形の日記のつけ方として、これはこれでかなり良い。新しい趣味ができたようで嬉しい。
 少し早いかもしれないけど、旅行の荷造りをした。普段から荷物が多く重たいタイプの人間なので、旅行となるとたった一泊であっても結構な荷物になってしまう。もっと身軽に出かけることに憧れるけど、荷物ってどうやったら減らせるんだろう。あれもこれも必要な物に思えて、なかなか置いて行く気になれない。
 Day Oneのブラウザ版に、去年以前の日記を古いブログからコピペした。さらにアプリを開いて、その日その日に撮った写真も一枚ずつ添付した。これで「On This Day」の欄に、毎年の同じ月日の日記が写真入りで表示される。この「On This Day」機能がすごく良くて、無料なのに広告がなく、デジタル連用日記としてとても使いやすい。去年の今頃もやっぱり今と似たようなことで悩んでいるなとか、なるほど昨年はお盆を過ぎた頃に調子を崩しているから今年は気を付けようとか、気付きがあっておもしろい。一年前のこの時期は「普通に働けない」「治療を続けても人並みに働けるようになる訳ではないらしいことを認めたくない」と苦しんでいたのに対して、今年は「普通に働けないなりに、自分の望む生き方に少しでも近付こう」という風に考え方が変わっていることに、日記を読み返したことで気付けた。ずっと同じ所でぐるぐる回り続けているような気がしていたけど、少し時間を置いて見てみるとちゃんと変化はあるらしい。
 夜、『百年の孤独』の続きを読む。家系図にある「アウレリャノ(17人)」の文字を見た時は慄いたけど、なるほどそういうことだったのかと納得。ウルスラがとにかくたくましい。同じような名前の登場人物が多すぎて混乱しつつも、独特の世界観がおもしろくて引き込まれる。ようやく半分近くまで読み進めた。まだまだ先ではあるけれど、この壮大な物語は一体どんな終わり方を迎えるんだろう。

週間日記(2024/07/01-07/07)

2024/07/01 Mon.

 昨夜はずっと雨が降っていて妙に寝つけず、夜中TwitterとPixivを徘徊していた。おかげで寝不足。
 日帰りで出かけて、福岡市内で独立系書店巡りの旅をしてみることに決めた。行きたい書店がいくつもあって、計画を立てていてとてもわくわくした。
 気になって注文していた、G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が届いた。1時間ほどかけて、最初のきりが良い所まで読んだ。ラテンアメリカ文学というのは今まで読んだことがなかったので、新鮮な気持ちで本を開いた。案外読みやすくてほっとしたし、何よりおもしろい。3月に大阪の国立民族学博物館でアメリカの食文化や服飾品についての展示を見てきたことが、登場人物達の生活の様子を想像するのに役立って嬉しかった。最近は思うように本を読めなくなったリハビリとして、とっつきやすいエッセイ等を中心に読んでいたけど、やっぱり文学作品というのはまた違ったおもしろさがある。おもしろいと感じられたことがとても嬉しい。登場人物の中に「アルカディオ」と名の付く人が5人、「アルレリャノ」も5人とあってかなりややこしくはあるけど、それも文化の違いとして興味深く感じる。

2024/07/02 Tue.

 今年の上半期に書いた日記を自分用に一冊だけ製本しようと思って、原稿を作った。目次や奥付も含めた本文の総ページ数は、256ページになる。Canvaを使って表紙も作った。後は本文の原稿をもう一度確認して入稿するだけになったけど、いかんせんページ数が多いのでなかなか気が乗らない。
 古本と新刊sceneさんで購入したTシャツが届いた。「READING CAN CURE LONELINESS(読書は孤独を癒やす)」というロゴが入っていて、普段ロゴTを着ない自分でも「これは絶対に欲しい!」とひと目見た時から思っていた。いつ着ようかな!

2024/07/03 Wed.

 近所の街路樹のさるすべりに、いつの間にか花が咲いていた。こんぺいとうのような形をしたふわふわの花がかわいい。
 母と話していて、話の流れで「苗さんは一人暮らししたがらないね」と言われたので、「してみたいとは思っているけど…」と白状した所、なんと一人暮らしをすることになった。まだびっくりしている!したいとは思っていたけどできるかどうか分からないことに、挑戦してみることになったのだから。「実家にいれば生活できるけど、やっぱり自立したい」「田舎だと車がないとまともに仕事にありつけないし、知り合いが怖い社交不安障害にとって何かと不自由な所があるけど、都会に出れば車がなくても通勤できるし、すぐに辞めることになっても別の仕事がいくらでもある」「どうせ老後も年金だけでは食べていけないし、だったら少しでも自活できるようになるかもしれない可能性に賭けたい」などと年単位でずっと考えていた考えを伝えると、あっさり、すんなり、OKが出た。勉強机を買い替えた時もそうだったけど、「自分には無理だ」と思っていたことが案外簡単に実現できるということはあるんだなあ。とりあえず、畑に植えているさつまいもの収穫を一緒にしようと祖母に言ってあるので、実際に行動へ移すのはその後になるだろう。

2024/07/04 Thu.

 オンラインカウンセリングで、一人暮らしをしてみようかということになっている旨を話した。念のため、主治医の先生に訊いてみてからが良いと思うと言われ、良い先生だなと思った。自分には無理だと思っていた行動を、他人が肯定してくれたり、気軽に背中を押してくれたりしてくれるというのは、こんなにも嬉しくて励まされることなのかと久し振りに思い出せた気がする。
 一人暮らしをするなら九州一の都会、福岡と決めている。当初の目的である書店巡りは、住みたい場所の下見も兼ねて一泊二日で出かけることにしたので、高速バスの日にちを変更し、ホテルを予約した。ビジネスホテルを取ろうと思ったけど、直前だからなかなか安いプランがなく、探しに探して「推し活」におすすめという変わったホテルにした。なんでも、YouTubeが見放題で、プロジェクターやスクリーンも利用できるらしい。何より、部屋の内装が物凄い。どんな部屋なのかは、実際に行って見てから日記に書こうと思う。
 晩ごはんに、夏野菜の焼きびたしを作った。豚肉、なす、ピーマン、ししとう、ミニトマトを焼いて、めんつゆとお酢を同量ずつ混ぜたたれに浸けるだけで、すごくおいしい夏のおかずができる。レシピを教えてくれたTwitter(Xとは言わない)に感謝。

2024/07/05 Fri.
 以前から賃貸サイトを眺めることはあったものの、いよいよ本気で物件探しをした。すごく良い物件を見つけたけど、なんにせよ主治医の先生の許可を得るまでは、物件については行動を起こさないようにするつもり。不安半分、楽しみ半分、やっぱり楽しみの方が圧倒的に上回る。
 畑の水やりをしていたら、ミニかぼちゃに実が生っているのを見つけた。全然気付かなかった!
 夜に散歩をすると、おしろい花やヤナギバルイラソウの花が咲いているのを見かけた。日差しの下でひまわりやジニアの花を見た時と同様に、夏が来たという感じがする。

2024/07/06 Sat.
 今年の1月から6月までの日記の原稿を入稿した。入稿という単語に対する憧れが強いあまり、使うのに妙な気恥ずかしさがある。去年は私の確認不足で、奇数ページと偶数ページで別に設定していた小口側の余白が、奇数ページなのにページ左側の余白が広かったり、その逆があったりと惜しい仕上がりになってしまった。今年もやらかしそうな気はするけど、自分用に一冊だけ製本するものなのでまあいいか。
 野菜を買いにスーパーへ行ったら、地元産の野菜や果物を扱う売場にバジルの葉が売られていた。しかも、にんにくと並べて置いてある。ジェノベーゼを作ってみたくなったけど、バジルが新鮮なうちに食べるタイミングがこの土日にはなかったので断念した。それにしても、おいしそうだったな。肉類を買いにはしごした別のスーパーには、同じく地元産の野菜のコーナーにすももがあった。真っ赤に売れていて、小さくてころんとした丸い形がとてもかわいらしい。10年近く前に半年だけ勤めた果物ジュース屋で飲んだすももジュースのおいしさを思い出して、少し迷った末に買った。氷とガムシロップと一緒にブレンダーにかけたら、それっぽいジュースになるんじゃないだろうか。
 畑のミニかぼちゃを収穫した。もう少し大きくできるものなのではとも思ったけど、せっかくまだ虫に食われもせずきれいな状態なので、思いきって早めに収穫することにした。小さいながらもかぼちゃらしいずっしりとした重さがある。中身は半分が種とわただろうけど、食べるのが楽しみ。赤と黄色のミニトマトもいくつか摘み取った。値段の手頃さで選んだ安い苗なのに、意外と甘味が強くておいしい。

2024/07/07 Sun.
 大きいショッピングモールへ行く。日曜日の店内の人の多さは凄まじかった。でも、色々な人のファッションが目に入るのは楽しくて、おしゃれを楽しんでいる人達を見るとうきうきしてしまう。黒のチュールのロングスカートを着ていたら、似たようなスカートを身に着けた人を他に2人ほど見かけた。お揃いだ。
 この店に来る度に買おうか迷って買わずにいたグラスを、ついに買ってしまった。我が家の猫のとらふくに似た猫のイラストがそれぞれ描かれているので、店頭にあった2個とも購入した。何か口実をでっちあげるなら、一人暮らしが決まった記念ということにしておこうかな。
 帰りの車の中で父がCDをかけていた曲が、なんかいいなと感じたので誰の曲なのか尋ねると、ラルフ・ルディンの「詩のない歌」という吹奏楽曲だった。曲名は聞き覚えがあると言ったら、「『絵のない絵本』みたい」と笑っていた。夢の中にいるみたいなきれいな曲で、聴いていてうっとりする。父がこの曲の指揮をする仕草をしていて、父が振るこの曲を聴いてみたいなと思った。
 日曜から月曜にかけての夜のTwitterの使用時間がなんと8時間もあった。よくそんなにTwitterを見られたな。ところが、その時にうんざりするまで見たからか、火曜日から今日までTwitterのスクリーンタイムは毎日30分以内で済んでいる。Twitterを見る時間を減らそうと試みては惨敗してきたので、これはかなり嬉しい。このまま維持できますように。七夕の願い事がこれか…。

週間日記(2024/06/24-06/30)

2024/06/24 Mon.

 広いコンサートホールの中で、迷子になったとらちを探し回る夢を見た。目が覚めてげんなりしていたら、元気づけるかのようにふくちがベッドに寄ってきてくれた。
 普段に比べて元気と食欲がないとらちを動物病院へ連れて行くための攻防があった。何かを察したらしいとらちは人間の手が届かないベッド下の奥の方へ潜り込んで、いっこうに出てこない。あの手この手でようやく捕獲に成功し、動物病院で診てもらうと、人間と同じように季節の変わり目で体調を崩したんだろうとのことだった。病気らしい症状も熱もなく、ちょっとした夏バテのような感じらしい。もしくは、ふくちにちょっかいを出されたストレスか、猫が換毛期になりやすい毛球症か、なんにせよ点滴を打って様子を見ることになった。猫は人間のようにどこが痛いとか調子が良くないとか伝えてくれる訳ではないから、もし何か病気でもしていたらどうしようかと心配していたので、本当に安心した。私がほっとしている一方、意に沿わない診察へ無理やり連れてこられた本人は、帰りの車の中で力強く鳴いて怒りを訴えていた。
 帰宅してキャリーの蓋を開けると、とらちは脱兎のごとく飛び出して、再びベッドの下へ逃げ込んだ。好きなおやつでご機嫌取りをしようにも、警戒しきって出てくるはずがないし、そもそも食欲もない。時間が経ってとらちの怒りが鎮まるのを待つしかない。
 安心すると絵を描きたくなって、撮り溜めたとらふくの写真を手本に落書きをした。模写というものを今まであまりしたことがなかったけど、なるほどこれは絵が上達しそうな、良い練習になる気がする。絵が上手くなりたいという気持ちももちろんあるけど、楽しく描くことができたのが何より嬉しい。

2024/06/25 Tue.

 とらちの元気と食欲がかなり平常の状態に近付いた。点滴ってすごいな!匂いを嗅ぐだけで食べようとしなかったかりかりも、少しずつだけど食べてくれている。とらちに元気が戻って、私もなんだか元気になった。猫の体調ひとつに自分でも驚くほど左右されて我ながら呆れたけど、これだけ心配できる対象が身近にいるというのは、それが人間でなくても幸せなことなのかもしれない。

2024/06/26 Wed.

 自室の観葉植物の手入れをした。水と化成肥料をやり、枯れた葉を取り除き、伸び放題になっていたホヤとグリーンドラムを剪定した。植物好きのふくちが興味津々で近寄ってきた。
 とらちはすっかり調子が戻って、いつもの甘えっぷりを見せてくれるようになった。お気に入りのおやつをせがんでにゃあにゃあとお喋りをする様子も、とてもかわいい。
 庭のハーブを摘んで、フレッシュハーブティーを淹れてみた。イングリッシュミント、モロッカンミント、レモンバーム、レモングラス、レモンバーベナの5種類の葉をポットに入れて熱湯を注ぎ、氷をたくさん入れたグラスに移すと、きれいな薄緑色のハーブティーができた。とにかく爽やかなさっぱりとした風味で、夏にぴったりという感じの飲み物だった。
 今日は特にTwitterを見ている時間が多かった。おすすめタブのアルゴリズムが変わったのか、それとも私がうっかりまずいツイートを見てしまったのか、趣味のアカウントなのに変なツイートばかり表示されてしまう。ネトウヨ、民族差別、ミソジニー、トランスヘイト、男女二元論、皇室や天皇がどうのこうのといった内容の、目に入るだけでHPがすり減るようなひどいツイートがタイムラインに湧いて出る。私が見たいのは、推しCP同人誌の新刊サンプルや2.5次元ミュージカルの俳優さんのオフショットなのに…。

2024/06/27 Thu.

 線状降水帯が発生するかもとのことで、気が滅入っている。嫌だなあ。
 近所の神社にヤブカンゾウの花が咲いているのを見かけた。柔らかいオレンジ色が目に鮮やかだった。
 かつ丼が食べたくなって、晩ごはんに作った。豚ロースを買ってきてとんかつを作ったら、衣が剥がれずに揚がっただけでも嬉しいのに、きれいなきつね色をした見るからにおいしそうなとんかつができた。2枚は玉ねぎと一緒に卵でとじて、1枚はそのままとんかつとしてソースをつけて食べてみた。得意料理を訊かれたらとんかつと答えてもいいんじゃないかと思うほどおいしくて、家族にも好評で嬉しかった。手間をかけた料理がうまくいくと、本当に気分が良い。

2024/06/28 Fri.

 身体を動かして汗を流してみるかという気が起こり、軽い気持ちでラジオ体操とYouTubeの「地獄の11分ダンス」と9分間の足パカに取り組んでみた結果、屍と化した。ものすごく汗をかいたし、明日の筋肉痛は確実に約束された。痩せることを目標にすると、決して簡単に達成できるものではないからなかなかやる気が持続しないけど、身体を動かすという行動自体を目標にするなら、10分15分じたばたやればクリアできるので良いかもしれない。
 今日もとらふくの絵を描いた。ボールペンでなぞった線画をスキャンして、デジタルで色を塗った。それなりにかわいく描けて満足。
 Twitterを見る時間を減らしたい!おすすめタブとトレンドを眺めている時間があまりにも不毛すぎる。心が荒むのが分かっていてそれらを見ている訳だから、一種依存に近いものがあると思う。3日間だけと期間を決めてアプリを(Bluesky以外の)SNS断ちをしてみようかとも思ったけど、やっぱりちょっと難しい。せめてSNSに振り回されず、SNSと上手に付き合えるようになりたい。

2024/06/29 Sat.

 一日当たり30分と決めて、TwitterとInstagramの使用時間の制限を設定した。特にTwitterに関しては、おすすめタブやトレンド、フォローしていない人の投稿を見るのは禁止というルールを設けた。スマホを持てばTwitterを開くのがすっかり癖になっているので、意識しないと難しかったけど、なんとか今日の分の使用時間を30分以内に収めることができた。嬉しい!Twitterを見なかった分有意義な時間の使い方ができたかといえばそうとも言い切れないけど、少なくともメンタル面の消耗を防ぐことができた。続くといいな。
 バースデーカードに使うイラストを描いた。とらふくとバースデーケーキ、何種類かの花をちまちまと描き込んで色を塗った。YouTubeで動画を流しながらの作業ではあったけど、集中して取り組むことができた。ケーキのデザインや何の花を描くか考えるのも、黙々とペンを動かすのもとても楽しかった。「ごはんやお風呂を後回しにしてまで今は描いていたい」と思えたのが久し振りで、そういう風に絵を描くことに夢中になれる自分がまだいたことに安堵した。子どもの頃と比べると絵を描く時間を持つことが各段に減ったから、ああ私はまだちゃんとお絵描きが好きなんだと感じられる瞬間があると、心底安心するし嬉しく思う。

2024/06/30 Sun.

 プランターに種をまいていたジニアが咲き始めた。まだ黄色しか咲いていないけど、他にも赤やピンクの花も咲くはずなので楽しみ。地植えしているミニトマトの一株に、ナス科の野菜によく発生する虫がびっしりついてしまった(画像を見たくないので名前を調べられない)。後で連日の雨に洗い流されることを祈って、殺虫剤をたっぷり吹き付けると、大量の虫がうぞうぞと蠢き出して正視できないほど気持ち悪かった。
 一人でちょっとした遠出をしたいという欲が湧き、出かけたい場所の候補をネットで検索してみた。日帰りか一泊二日くらいで、植物園や博物館、独立系書店などを見て回りたい。まだ行くと決めた訳ではないけど、交通手段も少し調べた。以前よく利用していた高速バスは随分値上がりしていて、「悪夢の民主党政権」どころじゃない自民党の悪政に改めてうんざりした。

週間日記(2024/06/17-06/23)

2024/06/17 Mon.

 オンラインカウンセリング2回目。マインドフルネスをやるよう熱心に勧められた。暇というか、手持ち無沙汰というか、マインドフルネスって退屈で苦手なんだよなあ…。「働けるようになりたい」という悩みについて、同じ職場で働く人達が「出会ったばかりの他人」の状態の時よりも、「ある程度親しくなってきた顔馴染みの知り合い」の状態になった時の方がしんどくなるので仕事を続けられなくなると話した。だから、これまでやってきた仕事のほとんどは働き始めて3、4ヶ月経つと苦しくなってきて、半年経つ頃には自殺を考えるほど追い詰められてしまう。その場限りの初対面の人に対してももちろん緊張して気を張るけど、これからまだ付き合いが続きそうな人間に対しての気の張りようはその比ではない。「知り合いが怖い」という長年の困りごとに対して、臨床心理士の先生が意外そうな反応をしていたのが新鮮だった。確かに、見ず知らずの他人よりも知り合いの方が圧倒的に苦手だというのは私の中ではすっかり当たり前になっていたけど、よく考えると、多分普通は親しくなってきた人の方が接しやすいんだろうな。そうか…。
 夜、とらふくの絵を描いたら楽しかった。動物の絵は難しくて書くのに苦手意識があったけど、写真を見ながら描くと格段に描きやすくて楽しいことに気付いた。幸い、猫の資料写真なら無限にあるし。

2024/06/18 Tue.

 久し振りに少し漫画を描き進めた。ペンタブはやっぱり扱いが難しい。今は日々のできごとや考えを主に日記の形で出力しているけど、以前は漫画として表現するのに夢中になっていた。漫画には漫画の良さがあるので、こちらもぼちぼち描いていけたらなと思う。
 父方の曽祖父が描いた絵を久し振りに見返したくて、以前写真に収めたデータをUSBの中から探した。膨大な枚数の写真の中から見つけ出した2枚の画像を見て、やっぱり絵が上手いなあと感心した。曽祖父は戦争で亡くなったそうで、もちろん会ったことはないけれど、スケッチブックに鉛筆でちまちまと描かれた小さなイラストの数々を見ていると、なんだか親近感が湧いてくる。私もこういう小さい絵をささっと描くのが好きだから、ひいおじいちゃんとお絵描きしりとりができたら盛り上がるだろうなと勝手に想像してしまう。

2024/06/19 Wed.

 USBに溜め込んだ、2010年代に撮った写真を見返した。今と変わらず、植物とお菓子の写真が多い。子どもの頃に習っていたバレエのレオタード、野山で見つけた見事なテングタケ、大学の講義中に白河夜船で書いたふにゃふにゃの文字、初めての一人暮らしを満喫していたアパートの部屋、いくつも作ったフェルト製のケーキ、お気に入りだった服や雑貨、半年間だけ正社員をやった時の飲み物とミニトマトしか入っていないレオパレスの冷蔵庫など、思い出の写真がたくさん出てきて懐かしかった。人が撮ってくれた自分の写真を見ると、本当にがりがりに痩せていてびっくりした。当時は特に気にしていなかったけど、20kg増えた今の自分から見ると、不健康そうな痩せ方にさえ見える。とはいえ、現在はやや太り気味なので、ちょっと羨ましくもある。
 今日も少し漫画を描き進めた。残るはペン入れがあと2ページ。

2024/06/20 Thu.

 5年前に考えて放置していた漫画のネタを、やっとペン入れして仕上げた。これで今の所、ネームまで考えた分のネタは全て漫画にしたことになる。多分。サイトに載せた分の漫画を数えたら、合計249ページもあって(きりが良いのであと1ページ欲しい)、よく描いたなあと我ながら感心するような、呆れるような。考えや悩みを四コマ漫画にすると、客観視できるというか、自分の中で扱いやすくなるというのか、当時は昇華の方法としてこれ以上のものはなかった。今はもっぱら漫画よりも文章として日記に書き連ねる方法を採っているけど、漫画には漫画の良さがあるので、溜め込んでいるネタをそのうちまた描けたらいいと思っている。私は自分の自己顕示欲を持て余してうんざりすることが生きていて多々あるけど、こうして何かしら自己表現しないと生きていけない人間なのだろうと最近は良い意味で諦めがついてきたような気もする。
 梅雨入りして最初の、スマホの緊急速報が鳴った。大雨による高齢者等避難と避難所開設の通知だったので、まだ慌てなくては良いものの、この音はとにかく心臓に悪い。4年前の水害の前夜もこの音がひっきりなしに鳴っていて、その晩は大して眠りもせずにせっせと飲み水やタオル、雑巾などを二階へ運んだり、トイレの逆流防止の対策をしたりして過ごしていた。あの時のざわざわした気持ちを思い出して、ただでさえ土砂降りの雨が降っていて不安になるのに、この通知音が余計に不安を煽ってくる。危険に対する正常な反応の範疇だとは思うけど、以前飲んでいたような不安を鎮める頓服薬を梅雨の時期だけ処方してもらおうかという考えさえ浮かんだ。
 雨が不安でも生活はしなければならないので、ちゃんと晩ごはんを作る。鶏肉と卵のさっぱり煮が特においしくできた。できたての温かいごはんを食べると、随分ほっとした。

2024/06/21 Fri.

 朝、目が覚めるとぴったり9時だった。10時間半も眠っていたことになる。寝すぎてちょっと頭がぼうっとするけど、心身がしっかり休まったという感じが確かにある。おろそかにしがちだけど、やっぱり睡眠って大事なんだなあと当たり前のことを思う。
 昨日の大雨はどこへやら、今日はよく晴れている。明日以降はまたしばらく雨が続くので、今のうちにと庭仕事に繰り出した。収穫時期の終わったボイセンベリーを剪定し、枝豆やにんじん、大葉、ひまわりの芽を間引きして、枯れ始めたジャーマンカモミールを引っこ抜き、畑の草取りをした。2時間ほど作業をして切り上げると、着ている服が汗でぐっしょりと濡れて重たくなっていた。家に戻ってぬるめのシャワーを浴びると、信じられないほどさっぱりした。毎晩面倒くさがりながら渋々入っているけど、お風呂ってこんなに良いものだったのか。塩分補給に塩昆布を食べると、塩気と旨味が身体中にしみ渡るようでやたらおいしく感じられた。この夏最初のすいかを冷やしておいたので、大きく切り分けてかぶりつくとこれがまたおいしい。すいかのおいしさは、暑さの中でたくさん汗をかいた後にこそ本領を発揮するものだと思う。汗を流してすいかをたらふく食べて、身体中の水分が新しく入れ替わったような心地がする。今、私の血管の中には血液じゃなくてすいかの果汁が流れているんじゃないだろうか。昨日は不安で心身が硬く縮こまっていたような状態だったけど、今日の私は陽の光を浴びて汗を流し、土と植物に触れ、旬の果物を食べ、生命力が充填されて満足してくつろげている。また雨で不安を感じる日々はしばらく続くとしても、明日の自分は今日のような不安を感じず日差しの下で満ち足りているかもしれないという希望や期待は忘れないようにしておきたい。

2024/06/22 Sat.

 なんとなくだけど、昨日からとらちの動作が少しゆっくりな気がする。食欲もあまりないようだし、どことなくしんどそうな表情をしているように見える。私の杞憂であればそれに越したことはないけど、心配。
 先日買った『長い読書』(島田潤一郎、みすず書房)を読む。引き込まれて、ほとんど一気に読み終えた。短いエッセイが多いから、SNSに慣らされきって長文を読む気力体力がすっかりなくなった自分にも読みやすい。やっぱり読書っていいなと思えて、嬉しかった。
 読書を楽しめた喜びに味を占め、寝る前にベッドで太宰治の『晩年』を少し読んだ。久し振りに読み返してもやっぱりおもしろい。

2024/06/23 Sun.

 「雨が続いているから、また家が浸水したらどうしよう」という不安と、元気がなさそうに見えるとらちの体調が心配なのと、もう何千回何万回と考えた「どうして自分は普通のことができないのか」という慣れ親しんだ自己嫌悪とが爆発して、久し振りに死にたさを味わった。久し振りと言っても、普段は蓋をしたり目を逸らしたりしているだけで、ゼロになっていた訳ではない。今こそ「メンタル終わり箱(メンタルが終わった時に温かい飲み物を飲んで持ち直すための、ちょっといいドリップコーヒーや粉末スープを入れた箱)」を開封すべき時だと思ったけど、自室の床に伸びたきり動けないので、ひたすらスマホを眺めるしかなかった。「死にたい」「つらい」「社交不安障害」などのワードをTwitterで検索しては、自称カウンセラーの無責任で自己陶酔的な発言に憤ったり、センシティブ指定無しに投稿された生々しいリストカットの写真にぎょっとしたり、もちろんそうしてタイムラインに張り付いていて気分が晴れるということはけっしてない。自分でも「SNSを見なきゃいいのに」と内心呆れ果てた。
 先日のオンラインカウンセリングでは、私の不安や考えは基本的に取り越し苦労で考えすぎなだけという旨のことを言われた。それで「なんだ、考えなくてもいいことなのか」と安心できたら良かったものの、こちらが真面目に悩んでいる内容を考えるに値しないものだと一蹴されたような被害妄想をこじらせてしまった。これもきっと、考えすぎだと言われるんだろう。ニュートラルな問題解決思考とマインドフルネスによって手放すべき雑念との違いは、考えていて「うっ」となるものだという。「また水害に遭って家が浸水した時に備えて、防災準備をしておこう」という考えは、私にとってはかなり「うっ」となる。せっかく日常の暮らしを取り戻した我が家がまた大量の泥に塗れると思うと絶望したくなるし、万が一被災した時に水や電気が復旧するまで自宅での垂直避難でやり過ごすための備蓄が万全かどうか、考えるだけで途方に暮れる。また、猫があまり食事を摂っていないことで身体が弱ったらいけないからと、食べられそうなものを模索して与えてみたり、ストレスになりそうな要因を除こうとしたり、「もしも何かしらの病気だったら」を想像して今できることをやるのだって、「うっ」となる。もちろん、人並みに働けるようになるために仕事について考えるなど、勘弁してくれと思わず誰かに泣きつきたくなるほど「うっ」となることだ。これらの問題は自分ではあくまで建設的に考えているつもりだけど、第三者から客観的に見ると単なる雑念に過ぎないんだろうか。考える必要のないものだと切り捨てられるよりも、「不安や問題、イレギュラーな事態などに向き合った時に出てくるごく自然な反応」とか、「これまで生きてきた中で身に着けざるをえなかった考え方」だとか、なんでもいいから肯定してほしかったなと勝手なことを考えている。これも雑念。
 政治や社会のことについても、分からないなりに憤ったり、落ち込んだりしている。どうしてイスラエルとそれを支持するアメリカなどによる虐殺を私達は止められないのか、どうしてパレスチナの人々が「ハマスが隠れているかもしれないから」という横暴がすぎる主張で大勢の命や健康、自由、安全、土地、文化、産業といったあらゆるものを奪われなければならないのか、どうして自民党の犯罪者達は逮捕もされずのうのうと政治家面をしていられるのか、どうして改憲などと言って泥棒が泥棒に都合の良い法律を作るのか、どうして今まで都知事をやってきた人が選挙を前に「大改革!」などと宣えるのか、どうして選挙ポスターを貼る場所で特定の国や性別に対する差別を扇動できるのか、もう本当に何もかも心底嫌になる。こういう悲しみや怒りも、「マインドフルネス」によってニュートラルな考えに仕立て上げなきゃいけないんだろうか。去年の今頃の日記を見返すと、そっくり同じようなことを書いていた。そして、「差別に対して怒ったり失望したりするのは当たり前で自然なこと」「差別に遭遇して怒りや悲しみを感じた時にするべきことは、認知行動療法だのマインドフルネスだので私個人の考えや気持ちを整理して鎮めることではなく、存分に怒って差別にNOと言うこと(思うこと)。差別に対して怒ったり悲しんだりできる自分であること」とも書いていて、去年の自分と固く握手したいような気分になった。分かってるじゃん。怒らなきゃならないような暴力や差別が起きていることは悲しむべきことだし、そうしたものはなくしていかなければいけないけど、暴力や差別に対して怒りや悲しみを抱ける人間であること自体はむしろ良いことなのかもしれない。良いも悪いも何も、人として当たり前のことかもしれないけど。
 夜、30分くらいかけて手当たり次第ノートに頭の中のものを書き出したら、脳内がデフラグだかデトックスだかされて少し落ち着いた。来年の自分と握手できるようなものが書けているといい。

週間日記(2024/06/10-06/16)

2024/06/10 Mon.

 相変わらず首と肩が痛い。筋を痛めでもしたかのような、ずきずき、ぴりぴりとした痛みがある。でも、痛み止めを飲まないとやっていられないほどの痛みではなくなった。早く治ってほしいなあ。首から左肩にかけての同じような部分に、この前まではひどくかゆい湿疹ができていたので、もしお祓いとかに行ったら左肩に何かが憑いているなどと言われるんじゃないだろうか。その方面の事情に詳しくないのでよく分からないけど。ノクタスのぬいぐるみでも肩に乗せておこうか。
 YouTubeで動画を流しながら、ひたすらちくちくと刺繍をした。ようやく顔と前髪の刺繍が終わったので、水に溶ける下絵シートを洗い流して、今夜一晩乾かしておく。
 下味をつけた鶏もも肉に衣をつけて揚げ、長ねぎと唐辛子入りのたれをかけたおかずを晩ごはんに作ったら、我ながらおいしかった。衣はざくざくした食感に揚がっているし、お酢の酸味があるピリ辛のたれとよく合って、ごはんが進む味だった。自分でおいしいごはんを作れると、日頃すり減らしている自信がいくらか回復できる気がしてほっとする。それにしても、夏はトマトを切っただけのものをおかずの一つとして出せるから、楽でいいなあ。

2024/06/11 Tue.

 昨夜見た夢の中で、アポロチョコを食べようと紙箱から手のひらに出そうとしたら、なぜか箱から大粒のほたてが出てきた。シュールな内容の夢だったので、起床後は少し愉快な気分でいられた。
 ゴッホの星月夜がプリントされた箱に、ちょっと良いドリップコーヒーやトワイニングのアールグレイティーバッグ、粉末ミルクティー、コンソメスープといった、メンタルの調子が良くない時に飲む物を集めて入れた。まだ飲み物しかないけど、かわいいぬいぐるみや好きな言葉を書いた紙など、気分が上向きそうなものを探してこの箱にしまっておきたい。そうすれば、「もう駄目だ」という時にこの箱を開けさえすれば、その場をやり過ごしやすくなるかもしれない。もっと気の利いた名前をつけたかったけど、ぱっと思いついたのが「メンタル終わり箱」だったので、当面はそう呼ぶことにする。我ながら身も蓋もない名前だ。
 観葉植物にたっぷり水をやって、エアプランツと着生蘭のソーキングをした。私の手入れがずさんすぎるのか、着生蘭は枯れこそしないもののいっこうに成長する気配がない。いつか花を見られたら良いんだけど。
 庭で採れたボイセンベリーを冷凍しておいたので、それをジャムにした。甘酸っぱくて野性的な風味があって、適当に作った割にとてもおいしい。ガラス瓶に詰めたジャムを日に透かすと、真っ赤な色がとてもきれいで、何に添えて食べようかわくわくしてくる。ハード系のパンやプレーンヨーグルトには間違いなく合うし、生姜のきいたルーネベリタルトに乗せるのも手間だけど良いかもしれない。

2024/06/12 Wed.

 フレンチトーストを作って、昨日のボイセンベリージャムを乗せて食べてみたら、すごくおいしかった。自分で育てて収穫したものをおいしく調理して食べることができると、むしょうに嬉しくなる。
 実が生った枝にはもう実は生らないらしいので、収穫の終わったボイセンベリーの枝を剪定した。来年もたくさん採れるといいなあ。水やりをしていたら、イングリッシュミントの鉢にねじ花が3本ほど咲いているのを見つけた。小さな花なので、なかなかピントが合わず写真を撮るのが難しい。幼稚園児の頃、母の迎えを待つ間にこの花を見つけて喜んでいた記憶があるので、もしかすると人生で一番最初に好きになった花かもしれない。当時に比べて好きな植物の種類は各段に増えたけど、もちろんねじ花は今も好きだ。
 近所の空き地にイネ科の柔らかい草の葉が茂っていたので、ひとつかみむしり取って猫達にあげたら、喜んでむしゃむしゃと食べてくれた。猫草は必ずしも与えなくても良いものだとネットで見たことがあるけど、我が家の猫達は猫草が大好物で、しばらく食べさせないと家の外に出たがってそわそわするようになるので、週に一度くらいの頻度であげている。しかも、栽培キットで育てたものよりも、そこら辺に生えていた雑草の方を明らかに好むので、こだわりがあるらしい。夏場は生育が旺盛になるからか葉が硬い草が多いので、今日のような柔らかい葉を引っこ抜いてきて鉢植えにでも植えておこうかなあ。

2024/06/13 Thu.

 冷凍庫にいつ冷凍したか覚えていないレモンが1個あったので、ウィークエンドシトロンを焼いた。皮のすりおろしをたっぷり入れたさわやかな風味の、ふわふわのケーキが焼き上がった。レモンのアイシングもたっぷりかけた。
 道端で良い具合の猫じゃらし(エノコログサ)を見つけたので、摘んで持ち帰って猫達と遊んだ。猫じゃらしを目にした途端に猫達が「遊びたい!」と言わんばかりの期待に満ちたような表情をしていて、とてもかわいかった。穂がちぎれて葉っぱも食べられ、ほぼ茎だけの状態になるまでたくさん遊んだ。半年ほどの野良時代を経験しているからか素早く的確に獲物を仕留めるとらちゃんと、狩りの経験がないのでどたどたとむやみに走ってただ追いかけ回すふくちゃんとで、遊び方にも違いが出る。もちろん、どちらもかわいい。

2024/06/14 Fri.

 あんなに辛かった首と肩の痛みが、随分楽になった。もう普段はほぼ気にならないくらいで、時々ちょっと痛む程度。治るって本当に良い気分だな。風邪や怪我のように、メンタルの病気も「治った!」と明らかに実感できるよう所があれば良いのに。後は良くなるばかりのものと違って、良くなったり悪くなったりを繰り返して、どんな些細なことがきっかけで突然悪化するか分からないし、「こうすれば絶対に治る」という確実な策がある訳でもない。しかも、そのことが「健康な」人や「健常者」にはほとんど理解されていない。私も社交不安症と診断された当初は、治療さえすればちゃんと治るものなんだと思い込んでいたから、まさか10年も長引くとは思ってもみなかった。治ることにこだわり続けることがかえって苦しいのだと分かってはきたけれど、やっぱり治りたいなあ。
 収穫したきゅうりや庭で摘んだ野花を家に持ち込んだら、ふくちゃんが興味津々で近寄ってきて、みゃあみゃあ鳴いて欲しがった。この猫は花でも草でも実でも、大抵の植物には関心があるらしい。植物好きで食い意地が張っている性格は、拾ってきた私に似たんだろうか。
 今日も猫達と猫じゃらしで遊んだ。猫じゃらし(エノコログサ)で遊ぶ猫達は本当に楽しそうだし、かわいいし、絵になる。猫達と私と、どちらの方が夢中になっているか分からないくらい楽しんだ。

2024/06/15 Sat.

 以前少し手を出してアンインストールしていた、Day One Journalをまたインストールしてみた。これまでの年の今頃にどういう日記を書いたか簡単に振り返ることのできる連用日記としての機能が欲しくて、このアプリのOn This Dayという機能が良さそうだと思ったためだ。少し前にNotionで連用日記のようなものを作ってもみたけど、Notionはやっぱり機能が多すぎてどうしても持て余してしまう。ブログの「週間日記」用にパソコンからUpNoteに書き溜めた日記を、スマホでDay One Journalにコピペしたら、良い具合になりそうな気がする。いい加減、どうして自分が日記というものにこんなにこだわるのか不思議に思えてきた。創作のアイデアが思い浮かばなくても、その日にあったことや考えたことを羅列すれば日記として成立するという書き物としてのハードルの低さや、毎日少しずつ書くことで日々の経験や思考が蓄積されていく達成感、無職で家族以外の人との交流がほとんどない自分でも日記を書けば日々が充実しているかのように思えてくる錯覚、そういう魅力に取り憑かれているんだろうか。
 散歩に出かけると、おしろい花が咲いているのを見つけた。良い香りがするはずなのでかがんで嗅ぎたかったけど、人の家の庭に咲いているものなので我慢した。香水や化粧品のような上品な香りを嗅ぐと、夏が来たという感じがする。少し歩いた所には、なぜか歩道にストレリチアの生花が1本落ちていて、どういう経緯があってそうなったのかとても気になった。その近くを雄の雉がのこのこと歩いていて、派手な鳥が2羽いるようでおもしろかった。

2024/06/16 Sun.

 朝起きると、ベッドの傍のペット用ひんやりパッドにとらちが香箱座りをしていた。背中を撫でると、気持ち良さそうにごろんと仰向けに転がって、喉を鳴らしていた。このかわいい生き物が自分に気を許してくれていると思うと、嬉しいし光栄に思う。
 父の日のプレゼントに、父の好きな柑橘系のお菓子を2種類渡した。テーブルに並べてスマホで写真を撮ってくれていたのが嬉しかった。
 街中へ出かける。移動中、ねむの木の花が咲いているのがちらほらと見えた。お昼にフレッシュネスバーガーで、塩レモンチキンバーガーとレモン&クランベリーソーダを注文した。お昼時だったから、レジも厨房もとても忙しそうだった。バイトを始めたてのような不慣れな様子のスタッフさんから「レモンソーダです」と渡されたドリンクは、クランベリーが入っておらず、飲むとレモネードの味がした(レモンソーダという名前のメニューはない)。働き始めてまだ勝手が分からない状態で土日の忙しい時間帯のシフトに入ってしまった時の焦りや不安には身に覚えがありすぎるし、他人のこの程度のミスくらい気にせず受け入れられる人間でいたいし、もちろん私だってミスはよくするし、そもそも注文したものと違うと言う勇気はとてもじゃないがない。レモネードも好きなので、おいしく頂いた。
 花屋さんの店先に吊るされていたエアプランツのウスネオイデスがとてもかっこよくて、買おうか散々迷って我慢した。園芸店で働いていた時に大量のエアプランツのソーキングをしていたので、ウスネオイデスは束ねているワイヤーが緩むとばらばらと葉がほどけて貧相な姿になるというのを知っている。私が育てたら、ばらばらウスネオイデスになってしまうのは間違いない。
 好きな独立系書店で、気になっていた『長い読書』(島田潤一郎、みすず書房)を買った。今日は本を買わずに店内を眺めるだけにしようと思っていたはずなのに。でも満足。

週間日記(2024/06/03-06/09)

2024/06/03 Mon.

 注文していたノクタスぬいぐるみがもう届いた。とてもかわいい!ちょうど良い大きさもふわふわの手触りも、おすわりしたポーズもかわいい。Twitterで「ポケモンfit」と検索すると、皆それぞれお気に入りのポケモンをかわいがっている様子を見られてとても和む。ノクタスには、とりあえず自室の机の隅に座ってもらうことにした。ふわふわのかわいいぬいぐるみが視界に入ると、気分が安らぐ。やっぱりぬいぐるみって良いなあ。
 ふと、スマホゲームの好きなキャラクターのぬいぐるみを作りたいと思い立ち、以前同じキャラクターのぬいぐるみを作った時の残りの布地で作業を始めた。ブログやYouTube、電子書籍を参考に作り方を調べ、今日は首から下のパーツをそれぞれ作って縫い合わせた。顔の刺繍をやりたかったけど、刺繍用の下絵シートがないので作業はそこで中断せざるをえなくなった。黙々と布を切ったり縫ったりする時間はとてつもなく楽しくて、なるほど何かに夢中になるというのは確かにメンタルの健康に良いんだろうなと改めて実感した。こんなに何かに集中するのは久し振りで、とにかく楽しかったし、疲れはしたものの作業後は心なしか気分がすっきりした。夜、刺繍シートや足りない刺繍糸を買いに出かけたけど、刺繍シートは売られていなかった。そうなるとネットで買うしかないので、顔の刺繍にはまだ取り掛かれないけど、手芸用品売り場で色とりどりの刺繍糸の中からこれぞと思う色を選ぶのは楽しかった。久し振りに物作りの楽しさが味わえて、本当に嬉しい。満足のいくものができあがるといいなあ。

2024/06/04 Tue.

 刺繍シートはないけど、刺繍の練習をしておくことにした。アウトラインステッチは慣れると楽しくできるけど、線ではなく面を縫うサテンステッチやロングアンドショートステッチがとにかく難しい。先に練習しておいて良かった…。はぎれに目や口を刺繍してざっくりと頭部を作り、胴体と合わせてみると思ったより頭が大きい。元々こういうデザインなのか、それともどこか作り方を間違えたんだろうか。本番はもっとちゃんと確認しながら作ろう。百均で買ってきたワイヤーで、ぬいぐるみの「骨」になる部分も作った。これを入れることで、手足を自由に動かせたり、座ったポーズを取ったりできる。このぬいぐるみが無事完成すれば、ゲームに出てくるさまざまな衣装も作って着せ替えして遊べる。夢が膨らむ!
 「私は、大多数の人が普通にできる(やっている)ことができない」と落ち込むことがよくある。毎日と言っても多分過言じゃない。その度に、「多くの人ができるという訳じゃないことが私には多少できる」と己に言い聞かせて、焼け石に水程度の効果ではあるけど気分を持ち直そうとする。針と糸を手に楽しい時間を過ごせるというのも、そのひとつに数えられるかもしれない。自己満足のぬいぐるみを作ったってそれを仕事にして食べていけるような技術はないし、「働けるようになるためにもっと努力しろ」「遊んでばかりいる」と「他人に言われそうな言葉」が頭の中でぐるぐる駆け巡る。もし自分が自分一人を養って生きていけるだけの収入を働いて得ていたら、こういう「他人に言われそうな言葉」で自分を抉ることもないのかもしれない。自己嫌悪や自責の念、罪悪感などなしに趣味に没頭できたら、どんなに嬉しくて楽しいだろうな。

2024/06/05 Wed.

 ぬいぐるみの顔の刺繍のデザインを考えた。ちょっとずつ異なる形の目や口のイラストをたくさん描いて、どれが一番かわいくてそのキャラらしさもあるか考えるのは楽しかった。
 散々悩んだ挙句、今まで6回オンラインカウンセリングを受けた臨床心理士の先生とは違う先生のオンラインカウンセリングを予約してみた。同じ悩みを違うカウンセラーに相談しても良いとサイトにはあったので、そうしてみる。自分の現状やこれまでの経過をまた一から話すのは面倒ではあるけど、自分一人では改善できそうにないのだから仕方ない。口頭で筋道立てて分かりやすく話すのはとても苦手なので、少しでも話しやすいよう手元に置くためのメモを作っておくことにした。今悩んでいることと、今後どうなりたいかという理想、何歳の時に何があったかなどを箇条書きで書き出した。少しは上手く話せると良いけど。
 川沿いを散歩したら、土手にかすみ草のような白い花がたくさん咲いていた。かすみ草がこんな所に生えている訳がないと思って近付いて見てみると、夜に向けて花を閉じているハルジオンかヒメジョオン(違いが分からない)だった。庭に生えていたら雑草として引っこ抜いてしまうけど、こうして大量に咲いていると花畑みたいでかなりきれいだ。

2024/06/06 Thu.

 初めて会う臨床心理士の先生にオンラインカウンセリングを受けた。話すのがとても上手くて、説明も理路整然としていて分かりやすい。初回なのでたくさん質問に答えた。その結果、私の社交不安症は、知能の高さと親の育て方から来るものではないかという推測になった。特に知的能力が占める部分が大きいらしい。10年ほど前に社交不安症と診断された時は「病気なら治るんだ!」と前向きに受け入れたし、以来ずっと「社交不安症さえ治せば『普通に』生きられるようになるはず」と信じてきた。割と最近になって「社交不安症はあくまで二次障害のような形で出てきたものであって、生きづらさの根本の原因は別にあるのでは」と考えるようになってきたものの、これについては認めたくなくて目を逸らしていた。けれど、やっぱりそうだったらしい。知能(特に言語理解)が高いと常に色々なことを考えるので不安になりやすいのだそうだ(自分ではそんな自覚は全くないが)。社交不安症になっている自分は本来の自分ではなくて、本当は不安にならずに他者と適切に関わることができる自分がいるはずなのだと思いたかったから、人と関わる際に不安を感じやすいという性質がデフォルトの自分なのだと理解したくない気持ちが強くある。自分の困りごとは一時的なもので、治療することできれいに解決できるものであってほしかった。不治の病を宣告されたような、治らない障害が一生残ると分かったような、そんな気さえする。そうなると、自分が今後快適に生きていくためのツール(より適切なものの考え方やメンタル面のセルフケアの方法など)を探して使いこなせるようになるしかないのだけど、すんなり「そうですね」と呑み込めるものではない。こういうネガティブな考え方も、先生に言われた「考えすぎ」「取り越し苦労」「思い込みがよく働く」の内なんだろうか。
 先日Twitterで「うつ病が治るというのは、金継ぎの器と同じ」という内容のツイートを見かけて、すごくいいなと思った。思わずスクショした。私はうつ病ではないので、社交不安症を含む広い範囲のメンタル系の疾患を適用していいものか分からないけど、病や障害による不可逆の変化を受け入れるためのとても素敵な考え方だと思う。私の器、私という器も社交不安症を発症する形で壊れてしまったけど、漆でくっつけて金粉をまぶして、以前と全く同じではなくてもそれはそれで良い感じの器にできたらいいなあ。

2024/06/07 Fri.

 連日夢中になって手芸をしていて、同じ姿勢が続いたせいか、首をひどく痛めてしまった。スマホ首とかいうやつだろうか。下を向いたり左右に首を回したりするのが、痛くてできない。昨日YouTubeを参考に首や肩のストレッチをしたのに、明らかに悪化している。楽しくて仕方ないので作業を進めたいけど、いかんせん首が痛すぎる。適度な休憩って大事だな…。

2024/06/08 Sat.

 精神科の診察に行く。病院まで歩いて行く途中に、ばらやあじさい、グラジオラス、ギンバイカなどの花を見かけた。9週間分のアリピプラゾールとトリンテリックスを処方される。
 首と肩があまりにも痛いので、整体に行ってみた。どうやら寝違えているらしい。施術自体は気持ち良かったけど、隣に座っている男性に待ち時間の間じゅう話しかけられて、相槌を打つのに疲れた。知らないおじさんの持論と自慢話ほどどうでもいいものはない。挙句、その男性が施術中に整体師の人と特定の国に対する差別的な内容の話をしていて、隣から聞こえてくるそれが嫌で嫌でたまらなかった。そういう話をしないでくれときっぱり言えない自分のことも心底嫌だった。ぐったり疲れて帰宅。

2024/06/09 Sun.

 たっぷり9時間寝て、すっきりした。リベンジ夜ふかしのような感覚でいつもつい睡眠時間を削ってしまいがちだけど、やっぱりこれだけ寝ると心身が回復する気がする。相変わらず首と肩は痛いけど。
 デジタルで書いている日記を去年のように自分用に製本したいので、原稿を作った。ところが、今年は真面目に毎日書いているので、6月分に入った時点で200ページを超えてしまっている。文庫本サイズの本にしたいけど、この調子で書き溜めた一年分を一冊にまとめたら、とんでもない厚さになってしまう。2024年の日記は、半年ずつ分けて上下巻にしてみようかな。
 ぬいぐるみの顔の刺繍に難航している。何が難しいかって、布を刺繍枠にきちんとはめるのが難しい。接着芯を貼った顔用のパイル生地、髪のボア生地、下絵を描いた刺繍シートの3枚をずれたりたるんだりしないように刺繍枠にセットするのが、びっくりするほど難しい。何度もやり直して、いい加減早く刺繍をしたいので適当な所で妥協したけれど、これはどうやるのが正解なんだろう。一方、無心で刺繍をするのはとても楽しい。YouTubeの動画をBGMにちくちく針を刺していると、余計なことを考えなくて済むので気も休まる。先日のオンラインカウンセリングで「考えすぎる」と言われたので、こういう時間を確保するのは多分良いことなんだろうと思う。そう思いたい。

週間日記(2024/05/27-06/02)

2024/05/27 Mon.

 Twitterでポケモンfitというぬいぐるみが流行っているのを見かけて、つい欲しくなり、迷いに迷ってノクタスのを注文した。ポケモンセンターで実際に見て選んで買うという行為に憧れるけど、最寄りのポケモンセンターは200km近く離れているのでさすがに厳しい。Twitterで「ポケモンfit」と検索すると、色んな人がお気に入りのポケモンと楽しそうに生活している様子が見られて、とても楽しい。人目を気にしすぎるので、私は家の敷地の外ではぬい撮りができないけど、色んな場所でぬいと過ごせたら楽しいだろうなあ。

2024/05/28 Tue.

 午前中は警報級の大雨。うんざりしながら梅雨の防災用備蓄の確認をした。これらの準備が活かされる羽目にならないのが何よりだし、苗さんは心配性だからねと親に笑い飛ばされるのは癪だけど、起こらないと思っていても起こるのが自然災害なので仕方ない。今は猫達と暮らしているうえ、指定の避難所も水没のリスクがあるので、いざという時は在宅避難、垂直避難になると思う。電気や水道が止まってもしばらく籠城できるだけの備えをと思うと、どれだけ準備してもし足りないような気がしてくる。とりあえず、これが最低限とネットやSNSで言われている量くらいは揃えておきたいけど、それにしても気が滅入る。
 昼頃に雨が上がって、良い天気になった。田植え前の田んぼの水面が風で波打っていて、湖のようできれいだった。

2024/05/29 Wed.

 防災用品に買い足したい物があったので、自転車で少し遠い大きな百均に行った。行き道に、三尺バーベナの花がたくさん咲いているのを見かけた。缶切りや湯煎調理袋、湯煎でごはんが炊ける袋などを購入して帰宅。
 IKEAのリラックスチェアに座っていたら、久し振りにふくちが膝に乗ってきてくれた。ふわふわで温かくて重くて、とてもかわいい。猫を膝に乗せるとどうしてこんなに癒されるんだろう。小さな生き物が自分の膝の上でくつろぎきっているから、人間の方もつられて安心できるのか。それとも重たい掛け布団で寝る時みたいに、重さで圧迫されるのが良いんだろうか。

2024/05/30 Thu.

 防災備蓄用の食品や医薬品、雑貨を買いにスーパーへ行った。歩いて行ったのにあれこれ買い込んだうえ、2kgの無洗米まで買ってしまったので帰りの荷物が重かった。まだ田植えが始まっていない田んぼの水面に竹林が反射していて、絵みたいだった。用水路に水が流れているのを見ると、なぜかわくわくする。小川のようで水がきれいだし、葉っぱや花を浮かべて遊びたくなる。道端にねこじゃらしが生えていたので、摘んで持ち帰った。この季節の猫草(として食べさせられる草)は硬くて食べにくそうなので、ねこじゃらしの種を鉢にまいて育てておけば、いつでも柔らかい葉を猫達にあげられるんじゃないだろうか。エノコログサが一年草なのか、多年草なのかは分からないけど。
 摘んできたねこじゃらしで、猫達とたくさん遊んだ。羽じゃらしのような市販の猫用おもちゃでも遊んでくれるけど、エノコログサへの食いつきの良さは半端じゃない。人工物と植物の違いなのか、理由は分からないけど、とにかく夢中になって遊んでくれる。種がぱらぱら落ちて後から床を掃除する必要があるけど、こんなに楽しそうに遊んでくれるなら、それくらい何の問題もない。猫達が楽しそうで良かった。
 観葉植物の生育シーズンなのか、自室で育てているコーヒーノキとフィカス・ウンベラータに新芽がどんどん出てくる。明るい黄緑色の柔らかそうな葉が日を追うごとに増えてきて、見ていて楽しい。

2024/05/31 Fri.

 中途半端に進めていた、本やグッズの片付けを終わらせた。もう手放しても良いと思ったものがいくらかあるので、そのうち古本屋などに持っていきたい。以前ハマっていたコンテンツのアクスタやぬいぐるみなどのキャラグッズも、捨てるのは気が引けるのでまんだらけや駿河屋のようなお店に持ち込みたいけど、近くに店舗がない。メルカリに出品するのはメッセージなどのやりとりにとてつもなく気力が要るし、どうしようかなあ。グッズの扱いはこういう時に困るけど、だからといって買わないという選択肢はない。オタクの悲しい性。
 「料理の名前がちょっと…」と食わず嫌いのような感じで食指を動かせずにいた、よだれ鶏という料理を初めて作ってみた。鶏もも肉を玉ねぎと一緒にだし汁で1時間煮込んで、ねぎ・生姜・にんにくなどの薬味がたっぷり入ったたれで食べる。食べてみたら、ものすごくおいしかった。さっぱり食べられるので、これからの暑い時期に良さそうだし、時間こそかかるけど手間はそんなに要らないので、比較的楽に作れる。これは良い料理だ。

2024/06/01 Sat.

 畑と鉢植えの水やりをしていたら、種をまいた覚えのない朝顔の双葉が生えているのを見つけた。朝顔の涼しげな花が庭に咲いていたら季節感があって見た目に良いけど、朝顔には巨大な柔らか多足虫(キャタピーとかビードル的なやつ)が発生するからなあ…。早めに引っこ抜いておいたほうが精神衛生上良いかもしれない。先日種をまいた枝豆やにんじんも順調に発芽している。ひまわりとジニアも本葉が出てきた。ひと雨ごとに植物が生育していて、良い季節だ。
 買い物に行く途中、ばらと百合とあじさいが一箇所に固まって生えている(植えられている?)のを見かけた。どれもまだつぼみだったけど、一斉に咲いたらさぞ華やかだろうな。初夏を代表する花が集まって、なんだかとても豪華に思える。何色の花が咲くのかも気になる。
 IKEAのリラックスチェアに座って本を読んでいたら、ふくちが膝に乗ってきてくれた。適度な重さと温かさが心地良くて、本を読み進めたいのにみるみる眠くなってくる。読んでいたのは『自分の「声」で書く技術 自己検閲をはずし、響く言葉を仲間と見つける』で、読んでいると「自分も何か文章を書けるんじゃないか」という気がしてくる。本に出てくる「フリーライティング」という手法がおもしろそうで、やってみたい。
 川沿いを散歩したら、夕暮れの空がきれいだった。風も涼しくて、歩くのにちょうど良い気候だった。

2024/06/02 Sun.

 さぼっていた3日分の日記を書いた。日記のネタになりそうなことだけメモしておいて、翌日以降にそれについて書くというやり方が自分には一番合っているように感じる。
 発売された『キメねこの薬図鑑』が届いた。絵が上手い、漫画が上手い、文章も上手い、そして何よりおもしろい。にやにやしながら楽しく読んだ。この本を読むことで、合法の範囲内で薬物に対する知的好奇心を満たせるので非常に助かる。本当に、大麻やサイケデリックスには過剰なほど目くじらを立てるのに、それらよりはるかに毒性も依存性も強いアルコールやタバコには寛容すぎるこの国の社会は何なんだろう。
 プリンケーキというお菓子をずっと食べてみたかったので、作ってみることにした。ケーキ型にカラメルとプリン液、スポンジケーキの生地を順番に流し入れて焼くという作り方で、プリンこそ滅多に作ることはないけれど、レシピを見ても特に難しい点はないように思えた。ところが、カラメルをしっかり固めないままプリン液を注いだことでカラメルとプリン液が混ざってしまい、もうその時点で完璧な仕上がりは望めなくなってしまった。そのうえ、オーブンで焼いても焼いても火が通らない。どうやらプリン自体はなんとか固まってくれたらしいものの、スポンジ部分がいつまでもべちゃっとしている。同じ温度のままさらに焼いたり、温度を上げて焼いてみたり。火さえ通ってくれれば食べられるから、もう美しい見栄えまでは望まないからせめて火は通ってくれ、と祈るような心地だった。ようやく食べられる状態にまで焼き上がったプリンケーキは、すごくおいしかった。ふわふわのスポンジケーキとなめらかなプリンに濃いめのカラメルソースがからんで、できたての熱々というのがまたおいしい。半分ほど食べたので、残りは冷たく冷やしてから食べることにする。

週間日記(2024/05/20-05/26)

2024/05/20 Mon.

 一ヶ月ぶりのオンラインカウンセリング。今回もあまり手応えはなし。「埒が明かない」という感じすらある。現在の困りごとやこれまでの経過を伝えようとするものの、自分の話し方があまりにも下手で、かつて知能検査で出た言語理解IQ141という数字が信じがたくなるほどの口下手ぶりで、情けなさや無力感が募った。頭では言葉が色々思いついている気がするのに、言葉として口から出力する過程で詰まったり絡まったりして、紙詰まりを起こしたプリンターのようにぐしゃぐしゃの形でしか出せなくなる。おまけに早口で噛むし、どもるし、滑舌は悪いし。口頭での会話じゃなくて文字に書き起こしてのやり取りだったら、頭の中身をもっとスムーズに分かりやすく伝えられるんだろうか。
 外出先で家族以外の人と5時間以上過ごして、ぐったり疲れた。本当に疲れた。晩ごはんは一人だったので、帰宅してからカップ焼きそばと菓子パンを貪り食った。こういう食べ物は手軽で助かるけど、「ごはんを食べた」という満足感のようなものはあまり得られない気がする。それでも何も食べないよりはましだ。IKEAのリラックスチェアに座ると、もう指一本動かしたくないと思うほど、どっと疲れが出てきてしまった。お風呂に入ってから寝たいけど、お風呂に入る気力体力はとうに尽きている。BlueskyなりUpNoteにつけている日記なりに弱音を吐きたいのに、スマホを操作するのさえ億劫だった。結局、夜中までお風呂には入れなかった。床に座り込んでソファの座面に突っ伏して1時間ほど寝ると、今にも充電が切れそうなスマホに10%くらい充電できたような程度のエネルギーが補充できたので、なんとかお風呂と歯磨きを済ませることができた。人と関わってこんなに疲れるような人間に、カウンセラーはおろかカウンセラーになるための学生生活だって到底無理だと改めて思う。働くことさえやっぱり無理なんじゃないだろうか。働けなかったら一生親に養ってもらわないといけないのか、自立に憧れながらみじめな思いで生きていくのは嫌だな、という、もう何百回も考えたいつもの思考が頭に浮かんでくる。幸い、ベッドに入ると強制シャットダウンされたように眠れたので、それ以上悪い方へ考えずに済んだ。

2024/05/21 Tue.

 昨夜は日付が変わってから就寝したので、今朝は9時頃まで寝ていた。たくさん寝て気分もすっきりした。やっぱり、睡眠は疲労回復にも、メンタル面にも一番効く。無事復活できたので、午後は祖母のアパートへ遊びに行き、お茶を飲んでおしゃべりしてきた。私にできる唯一の祖母孝行。

2024/05/22 Wed.

 祖母も誘って、二人で畑のじゃがいもとミニにんじんを収穫した。じゃがいもは去年も植えたけど、梅雨の雨と湿気で腐ってしまって収穫まで漕ぎ着けることができなかった。その教訓を活かして今年は梅雨入り前に収穫することにした。じゃがいもを育てて収穫するのはなんだかんだ初めてで、はたしてきちんと芋ができているのか心配だったけど、いざ掘ってみるとごろごろ出てきた。芋堀りってなんでこんなに楽しいんだろう!土の中からお宝を見つけ出しては、芋の大きさや収穫量にはしゃいで楽しかった。大して手もかけず適当に育ててもそれなりのものが採れたので、来年も植えてみたい。夕方まで日陰で表面を乾かした後、祖母と山分けした。ゆでてバターと醤油をつけて食べたら、ちゃんとおいしかった。自分で育てて収穫した野菜や果物を食べるのは、本当に楽しい。
 夜、録画しておいたテレビ「ブリティッシュ・ベイクオフ」を観ていたら、ベイカー達が作っているカスタードタルトをどうしても食べてみたくなり、レシピを検索して作ってみた。普段作るタルト生地とは違う砂糖入りの生地だったせいか、柔らかく崩れやすくてとても扱いづらく、タルト型から外す時に崩壊してしまった。確か、ベイクオフでも「崩壊事故が多発!」と司会のスーが言っていた。そこまで真似するつもりはなかったのに…。見た目はともかく、焼き上がったカスタードタルトはおいしかった。底もよく焼けているし、カスタードもしっかり固まっていて、甘さもちょうど良い。本来は冷蔵庫で冷やしてから食べるもののようだけど、焼きたてのまだ温かいカスタードタルトだってなかなかおいしい。自分でおいしいものを作れると、自信だの自尊心だのを回復できるような気がしてほっとする。

2024/05/23 Thu.

 昨夜うっかり手を滑らせて猫のごはん皿をひとつ割ってしまったので、新しいのを買いに行った。以前のものより値段も高さも少しアップしたものを選んだ。皿の位置が高くなっていて、猫があまりかがまずに済む、ごはんを食べやすい造りらしい。とらふくが気に入ってくれるといいけど。その足でホームセンターへ行き、じゃがいもを収穫してスペースが空いた畑に植える植物を買い求めた。5月の園芸コーナーには平日にも関わらずお客さんが結構いて、トマトやゴーヤなどの夏野菜の苗をかごに入れていた。同志がたくさんいて心強い。野菜の種と、買う予定のなかった花の苗を買い、自転車のかごに載せてほくほく顔で帰宅した。
 午後は、昨日カスタードタルトを作った際に残った卵白を使ってシフォンケーキを焼いた。前から作ってみたかった、スパイスが入ったレシピにしてみた。シナモン、ナツメグ、オールスパイスを使うレシピだ。スパイシーすぎるんじゃないかと若干心配していたものの、焼き上がったものを食べてみると程良くスパイスが効いていて、食感も抜群にふわふわで、我ながらとてもおいしかった。こんなにおいしいものを私が作ったなんて、と内心で自画自賛したくなる。多くの人が普通にできることが私にはできないけど、誰でもができる訳じゃないことを私はぽつぽつできたりするので(ホームメイドのお菓子作りもその一例)、それでなんとか今日もプライドを保っている。本来なら、何もできなかったとしても、誰でも自己肯定感だの自尊心だのを持っていていいはずなのに。
 二階の自室の大きな窓を開けると、猫達が寄ってきて、網戸越しに外の風を楽しんでいた。鳥の声がする度に注目して、鼻をひくひくさせながら外の空気を嗅いで、気持ち良さそうにくつろいでいる。両手を伸ばしてとらふくの背中を撫でてみたら、2匹とも振り返って私を見て満足そうに目を細めていて、「こんなに幸せなことってないな」と思った。かわいくて温かい小さな生き物が警戒もせず私に気を許してくれていて、うとうととまどろんだり、すうすうと寝息を立てたりと安心しきっている。こういう猫達を見ていると、人間の方も心底安らぐ心地がする。猫と一緒に暮らすというのは本当に最高だな、と毎日思い知らされる。

2024/05/24 Fri.

 午前中は庭仕事というより、畑仕事をした。昨日買ってきた枝豆とにんじんと大葉の種をまき、ニチニチソウとアズーロをそれぞれ鉢に植えた。花苗は玄関に置くことにする。外の水道から離れた場所なので水やりが少し手間だけど、玄関に花があると気分も明るくなるので、メンタル面の夏バテ防止(?)のために置いておく。ニチニチソウは夏の暑さに強いとテレビ「趣味の園芸」で言っていたが、アズーロはどうなんだろう。初めて育てるので分からない。アズーロは園芸店で働いていた時によく見ていたのに、何の花の仲間かも知らなかった。調べてみると、キキョウ科ロベリア属だそう。ロベリアについては、「リナリアやサギゴケに似ているな」くらいの印象しかなくいまいちぴんと来ないものの、キキョウの仲間かと思うとなんとなくひ弱そうな気がしてくる。トルコキキョウのすぐにぽきぽき折れる細い茎を思い出すからだろうか。仕事で生花の水替えをする時にどれほど茎を折ったか知れない。ところが、検索するとトルコキキョウはキキョウ科ではなく、リンドウ科らしい。めちゃくちゃだ!
 水やりをした花の鉢を玄関に移動させ、畑の方は見よう見まねで耕して、少し土を盛り上げて表面をならした所に種をまいた。ついでに気休めの化成肥料もばらまく。植物が好きとはいえ、野菜の育て方や肥料に関する知識はほとんどないに等しく、いつも本当に適当にやっている。「ナス科の直後にナス科の植物を植えてはいけない」程度の知識はかろうじてあったので、じゃがいもを収穫した直後の畑にトマトやナスは植えずにおいたくらいだ。きちんと農業や家庭菜園を営む人だったら絶句しそうな適当さだけど、所詮趣味だし、適当に育ててもいくらか収穫があるのが楽しいのだ。ポタジェというものに憧れているので、野菜が植わっている場所に花が咲いていればそれらしくなるのではないかと思い、プランターから間引きしたひまわりを畑の隅に移植し、何が咲くか気になって買ったサカタのタネの「ミックスフラワーガーデン」の種もまいてみた。後者の種は、まき時をすっかり過ぎていることに後から気付いた。まあいいか。耕したふかふかの畑に野良猫避けのとげとげを敷き(公衆トイレとして使用されるのを阻止するため)、ミニトマトの伸びた茎を支柱に固定し脇芽を取り除き、黒っぽく熟れたボイセンベリーをいくつか収穫して今日の作業は完了。4箇所も蚊に刺されていても、植物と土に触れた満足感でいっぱいで、気分が良い。
 現在私の小さな畑で育てているのは、今日追加した枝豆、にんじん、大葉、ひまわり、ミックスフラワーに加え、さつまいも、ミニトマト、ジャーマンカモミール、ミニかぼちゃ、レモングラス、アスパラガス、いちご、ニラ、三つ葉、バラ(花盛りのディスタント・ドラムスと枯れかけのラ・フランス)、旧祖母宅から持ってきたあやめかショウブか杜若か分からない花だ。その他、軒下などに鉢植えが37鉢ある。10年近く前に石ころだらけの裏庭をスコップで掘り返して畑を作り始めて以来、今が一番土の状態が良く(みみずが多いので多分そう)、たくさんの植物が植わっている。昔の私が今の私の状態を知ったら落胆するであろう要素は本当に数多くあるけれど、この畑や鉢植えに関してだけはそうではないと言い切れる。子どもの頃の私なら、自分の畑でトマトやじゃがいもを収穫して色々な種をまき、ベリーを摘んでジャムを作っていると聞いたら、絶対に躍り上がって喜ぶに違いない。

2024/05/25 Sat.

 朝起きると、室内に置いている観葉植物の鉢植えのひとつがなぎ倒されていた。大方、わんぱく坊主のふくちの仕業だろう。土が珍しいのか、寄ってきて床にこぼれた土を不思議そうに眺めていたので笑ってしまった。生後数日ほどの、目が開く前に我が家へ連れてこられたので、そりゃ土や植物は見慣れていないよね。
 先日のオンラインカウンセリング以来、何かが引っ掛かってもやもやしていると思っていたものの、やっと分かった。恋愛の話題になったので、以前一方的に好きになった同性がいたことや、惹かれやすい同性のタイプを正直に話した。すると、男性で好みのタイプはないのかと尋ねられた。同性にそういう意味で「いいな」と思ったことはあるけど、男性に対して思ったことはない。レズビアンかというといまいち自覚はないし、バイセクシャルについても同様にぴんと来ないので、自分の中では恋愛対象に関してはクエスチョニングということで現在は納得している。もやもやの正体は、「異性を好きになるという人に好きな同性のタイプを訊くことはあまりないだろうに、なぜ同性を好きになると言っている人には好きな異性のタイプの有無を確認するのか」という疑問だった。別に、悪意や興味本位で尋ねられた訳ではないだろうことは理解しているつもりだけど、「異性を好きになることはないのか、本当に同性が好きなのか」「なぜ異性を好きにならないのか」と暗に責められているような、本当は「ノーマル(嫌な言い方!)」なんじゃないのかと念押しされているような被害妄想をこちらがこじらせてしまっただけだ。後は、異性愛者なら訊かれないような質問に答えなければならない非対称性、不公平さにちょっと腹が立ったのもある。私の思い込みかもしれないけど、画面の向こうで少し意外そうなリアクションをされたのも、若干ショックだった。
 とはいえ、いわゆる「恋バナ」(死語だろうか?)というものをするのはこんなに楽しく、また恥ずかしいものなのかと驚いた。ものすごくびっくりした。昔好きになった同性の人について「あれは恋愛だった」と自分で認識するまで何年かかかったうえ、他に恋愛経験もないからこの手の話題の時は聞き役に徹するしかなかった。だから知らなかったけど、こうした話をすることについて「こんなに楽しいんだ!」という発見と「こんなに恥ずかしくて照れるものなんだ!」という驚愕とでいっぱいだった。学校などの場で人が楽しそうに話しているのを見聞きしていた時は「何がそんなに楽しいんだろう」と不思議で仕方なかったので、この歳になってようやく理解し、腑に落ちた。しかも、めちゃくちゃ恥ずかしい。自分についてのことだからなのか、オタク同士でBLトークに花を咲かせるのとは全く異なる種類の猛烈な恥ずかしさがある。世の中の人はこんなとんでもない話題を娯楽として嗜んでいたのか…。本当に、すさまじくびっくりした。
 夜、出かけた先でトライアルへ行った。家の近くに店舗がないこともあるけど、私はここ10年くらいこのスーパーを避けていた。文学部の大学生の頃に、「その場限りの人としか関わらない」「メンバーも勤務先も毎回違うので人付き合いが深くならない」「知り合いに遭遇しそうにない」などの理由で派遣のイベントスタッフのバイトをしたことがある(そこでビラ配りのバイトをした際に、社交不安症が発覚した)。仕事内容は多岐に渡っていたけど、とにかく人と関わるのが怖かったので、人とのコミュニケーションが極力少なくて済みそうな交通量調査のバイトをやってみた。数人で車に乗り込み目的地へ移動し、24時間拘束の12時間勤務というスケジュールで、私の班は1時間おきに業務と休憩を交代していた。つまり、夜間も1時間おきに起きて車や歩行者を数えなければならない。しかも季節は11月、休憩を取る乗用車の中は暖房がついていなかった。ただでさえ日中ずっと屋外にいて身体が冷えているのに、深夜の寒さとなると話にならない。近くのトライアルまで行っては店内をさまよって暖を取り(大して暖かくはない)、カイロを買って全身に貼り付け、睡魔と闘いながら夜が明けるのを待った。どれだけカイロを貼っても、身体は冷える一方だった。お手洗いはそこで借りるよう言われていたので、トライアルには何度も行った。多分、夜は休憩の1時間おきに通っていた。とにかく寒くて、凍え死んでもうここから帰れないんじゃないだろうかと思うほど寒かった。ようやく夜が明けて、無事に勤務時間が終わり、アパートの部屋に帰り着いて体温を測ると37℃後半の熱があった。確かに人と関わる機会は少なく、座り仕事で簡単な業務内容だったけど、給料が良いわけではないし、何しろ過酷だったのでもう二度とやらないと誓った。そういう思い出があるので、トライアル側には何の落ち度もないものの、トライアルには行きたくないなとずっと思っていた。ところが、さすがにもう克服しても、忘れてもいいだろうと思い、久し振りにトライアルの店内へ入ってみた。初めて行く店舗だったけど、あの時抱いた印象とは違って、商品は色々あるし、店内もそれなりに清潔で、普段行かないスーパーを覗く時の楽しさをちゃんと味わえた。地元では見かけない種類のノンアルコールのチューハイや、ミッフィーのイラストと花柄がプリントされた安くてかわいいパジャマも買った。パジャマには水仙、ポピー、すみれ、たんぽぽ、すずらん、マーガレット、ムスカリ、キンポウゲ、ブルーベル、スノードロップ、キバナノクリンザクラと思われる花のイラストが描かれていて、とてもかわいい。あの時の寒さや心細さを、チューハイとパジャマで塗り替えることができて、嫌な思い出というものは意外となんとかなることもあるんだなと、妙にほっとしている。

2024/05/26 Sun.

 地元産の野菜を多く扱っているスーパーへ行ったら、トマトやなす、新じゃが、グリーンピース、大葉など旬の野菜がたくさんあった。ここに来て季節の野菜を見ると、料理に対するモチベーションが上がるので助かる。
 夕方、玄関先にとらちゃんのママである錆猫の「ママすごちゃん」が来ていた。私のことを覚えてくれているのか、単に人懐こいからなのか、「ナァーン」と聞こえるママすごちゃん独特の鳴き方をしながら近寄ってきてくれた。甘え方は娘のとらちそっくりで、とてもかわいい。もしかするととらちではなくママすごちゃんを我が家の一員として迎え入れていたかもしれないし、実はふくちの母親なんじゃないかという説もある。野良猫だから食べ物はあげられないけど、元気でいてほしいなあと思う。母親より体格も毛艶も良いとらちに、ママは元気だったよと伝えた。

週間日記(2024/05/13-05/19)

2024/05/13 Mon.

 昨日の大雨が一転して、今日は天気が良かった。植物を見に庭へ出たかったけど、近所の人に遭遇したり見られたりするのがなんとなく嫌で結局出られなかった。あんなに治療を頑張ったはずなのに、結局私は知り合いが怖くて気軽に庭へ出ることもままならない。数年前と全く同じ状態ではないと頭では理解しているつもりだけど、全然進歩がないように思えて気が滅入る。
 最後に受けたオンラインカウンセリングから一ヶ月が経とうとしている。何か行動しないことには現状は改善しないだろうからカウンセリングは継続した方が良いはずだけど、「これで治るんだろうか」と疑問に思いながら一回5000円のカウンセリング料金を払うのにはかなりの勇気が要る。次回のカウンセリングの予約を先延ばしにしている自分に対して、またもや「努力すべきなのに怠っている」「治ろうとする意思はないのか」と「他人から言われそうな言葉」が湧いてくる。

2024/05/14 Tue.

 文房具や雑貨を扱うお店に行った。何色も取り揃えられた色鉛筆が一本ずつばら売りされていて、すごくテンションが上がった。来る前に自分の手持ちの色鉛筆を見て、どの色を持っていないか、どの色が短くなっているかを確認してくれば良かったと後悔した。使い勝手の良さそうなデニム生地に似た色の青と、えんじ色の色鉛筆を買った。
 その後、ショッピングモールをぶらぶらする。キッチン用品店を覗くと、カラフルなものや繊細で美しいものなどいろんなグラス類がたくさん並んでいてきれいだった。こういう「なくても困らないけど、あると嬉しくなる」ような雑貨を見るのは楽しい。体質的にお酒がほとんど飲めないのが、こういう時に悔やまれる。素敵なグラスでお酒を楽しむのは、どんなに気分がいいだろうなあ。我が家のとらちとふくちによく似た猫のイラストが描かれたグラスもあって、以前見かけた時も買おうかすごく迷って、今回も迷いに迷って結局買わなかった。次に見かけたら、今度こそ買うかもしれない。

2024/05/15 Wed.

 昨日セリアで買ってきた鳥獣戯画のクッキー型で、型抜きクッキーを焼いた。初めて作るレシピを試してみたら、バターが多めだからか柔らかくて扱いづらい生地だったけど、焼き上がったクッキーはさくさくでとてもおいしかった。冷たい牛乳をおともに、いくらでも食べられそうだった。
 久し振りにピアノを触った。ブルグミュラーの好きな曲(狩り、バラード、アヴェ・マリア、乗馬など)を何曲か弾いた。猫達には嫌がられてしまうけど、思いきりフォルテの大きな音を鳴らすのは気分がすかっとして楽しい。
 以前Twitterを見ていた時、あまりにも差別的な内容のツイートがあったので通報していた。ところが、今日やっとメールが来たと思ったら「Xのセキュリティポリシーに違反していないと判断しました」との内容だった。あれが違反していないというなら、Xのセキュリティポリシーなんかセキュリティポリシーでも何でもないと言いたくなる。こんなSNS二度と利用してたまるかと息巻きたい気持ちは山々なのに、ここでしか得られない情報や娯楽があるので、閲覧専用と言い張って未だにアカウントを削除できずにいる。悔しいなあ。

2024/05/16 Thu.

 風がとても強かった。軒下に並べたプラスチックの鉢植えが、ドミノ倒しのようにいくつもなぎ倒されていた。
 特に何かした訳でもないけどなんとなく疲れて、午後はソファに伸びていた。猫達もそれぞれ思い思いの場所でくつろいでいた。私一人で家にいてだらだらしていると、「怠けている」「ごく潰し」などと「他人に言われそうな言葉」が頭の中で反響するけど、猫達といることで「怠けている」のではなく「猫と一緒にくつろぐ時間を過ごしている」といったような様子に思えてくるからありがたい。自分以外の人間が働かずに家でごろごろしていても、別に責めるようなことを言いたくはならないのに、自分に対してだけはいくらでも罵倒したくなるのはどうしてなんだろう。せめて、その逆(自分のことは棚に上げて、他人のこととなると責め立てたくなる状態)でなくて良かったと思いたい。

2024/05/17 Fri.

 自分の部屋にある、南側に面した大きな窓を開けると、猫達が興味津々でやって来て外の空気を楽しんでいた。気持ち良さそうに風や日差しを浴びて景色を眺めている猫達を見ると、自分もこうありたいなと憧れる。

2024/05/18 Sat.

 認定心理士の認定証が届いた。随分立派な、大学の卒業証書のような布製のケースに入っていて、認定料に3万円払っただけのことはある(?)。日本心理学会に入らないかという案内も同封されていたけど、心理職として働くことを目指すのは断念したし、年会費が5桁するのもあるのでやめておく。この認定証を、認定心理士の資格を手に入れることを当座の目標としてずっと掲げてきたのに、今になってこうして手元に届くと「これがあってもなあ…」とやや複雑な気持ちになる。もらえるものはもらっておくけど。
 もう社交不安症が何をしても治らない気がして、治る可能性を信じたり治ろうと努力したりすることに疲れてしまい、オンラインカウンセリングの予約を1ヶ月入れずにいた。ようやくなんとなく話したいネタを思いつけたので、予約を入れてみた。藁にも縋る思い。しても良い気分にはならないことが分かっていて、「社交不安症」「社交不安症 治らない」などのワードで検索してしまう。厚労省の「社会不安障害(SAD)体験記」というページを見ては、羨ましさと嫉妬で苦しくなる。色々なメンタルクリニックのサイトで「治る病気」「適切な治療で治ります」などと謳われていて、じゃあ10年治らない私は何なんだと腹が立ってくる。「医療機関に相談を」なんて言われても、ずっとしている。していてこれだ。何もかも嫌になる。

2024/05/19 Sun.

 年明けに読み終わった『意識をゆさぶる植物 アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性』のメモしたい箇所をパソコンでWordに打ち込んだ。一冊のノートに手書きで書き写していくタイプの読書ノートのつけ方にはかなり憧れるけど、手書きではとてもメモしきれない量なので、諦めてデジタルでやっている。読む本が小説とかだったら、心に残った台詞などをちょこちょこと書くのに手書きが適しているんだろう。でも、こういうジャンルの本だと、あれもこれもメモしておきたいと思うのでそうはいかない。結局、この本からメモをとった量は2万字近い文字数になった。ハノンだかツェルニーだかでも弾くようにひたすらキーボードを打ち続けたので、ピアノの練習を頑張った後のように指が疲れた。手書きだったらもっと疲れていただろう。デジタルなら検索してすぐに参照できるし、これはこれで便利なのでいいか。