カテゴリー: Diary

週間日記(2024/04/22-4/28)

2024/04/22 Mon.

 待ちに待った、認定心理士の資格認定審査結果の通知が届いた。認定された(資格が取れた)!これで、「心理学の専門家として仕事をするために必要な,最小限の標準的基礎学力と技能を修得している,と日本心理学会が認定した人」ということになる。とりあえず、ひと安心した。
 年に一度の予防接種のため、とらちを動物病院へ連れて行く試みに挑戦した。私に撫でられながらこちらに背を向けてくつろいでいるとらちに、素早く頭から洗濯ネットをかぶせる作戦に出た所、成功した!このチャンスを逃したら次はいつ行けるか分からず、予防接種が遅くなったことでとらちが体調を崩しでもしたらどうしようと不安だったので、ようやく捕獲に成功して嬉しい。とらちは警戒心の強い性格なので、私が洗濯ネットを隠し持っていることに気付かれたらしばらくチャンスはないと思い、多分先日の面接よりも緊張した。にゃあにゃあ鳴いて怒るとらちに詫びながら急いで洗濯ネットのファスナーを閉め、蓋付きのかごに入れて動物病院へ。家を出る時、取り残されたふくちが何事かと心配そうに鳴いていた。とらちは予防接種と爪切りをしてもらい、帰宅して解放された途端脱兎のごとく二階へ逃げて行った。二時間ほど経つと隠れていたベッドの下から恐る恐る出てきて、私の手の匂いを嗅ぎ、背中を撫でさせてくれた。シーバ(とらちの大好物のおいしいカリカリ)に釣られたんだろうけど。思ったより早く和解できて良かった。
 ブログのはてなスターや読者の数が気になってしまうので、敢えて表示しない設定にしている。とても励みになるし嬉しいので表示したい気持ちも大いにあるものの、数字が減ったり少なかったりするとやはりしょんぼりしてしまうので、数字に左右されないようにと今後も非表示にするつもり。
 石が貯まったのでゲームのガチャを引いたら、欲しかった推しのSSRが出た。資格は取れたし、とらちを動物病院に連れて行けたし、推しSSRは来るしで、今日は怒涛のように良いことが起こって嬉しい戸惑いを覚える。

2024/04/23 Tue.

 勉強が捗って、3時間ほどヒルガードの心理学を読めた。読むだけでなくノートにまとめるなどした方が頭には入るんだろうけど、勉強の習慣がなかなか定着しない自分としては、とりあえずまずは一度ひと通り読んでしまいたい。最初の一時間はとにかく眠かった。その後、30分ほど机に突っ伏して寝てから再び取り組んだ所、さっきよりはずっと集中できた。心理学というより理科の授業に近いような内容を読んでいると、心身の仕組みがとても複雑で、自分が今こうして生きていることが不思議で幸運なことだと思えた。死にたくなるほどつらい気持ちの時に読んでみると良いかもしれない。ヒルガードの心理学にある「両面を見る」というコーナーがおもしろい。同じトピックについての相反する二つの考え方が、どちらか一方が正しいという持ち上げ方をせずに公平に紹介されている。私は二つの意見があったらどちらかが正しくてもう一方は正しくないのだと思い込んでしまいがちなので、こういうコンテンツに触れると考え方が柔軟になるように思えて助かる。また、摂食障害にのくだりで、「自分はどう感じているか」「自分はどう見られているか」という部分が目に留まった。自己対象化についての解説なのでファッションの話ではないのだけど、先日読んだ『かわいいピンクの竜になる』の内容となんとなくリンクするような気がして、勝手に嬉しくなった。体型にしろ装いにしろ、本来は「自分はどう見られているか」より「自分はどう感じているか」を優先して良いんだよなあ。
 YouTubeを参考に、ちょっとした運動やストレッチもした。結構有意義な一日にできたかも。

2024/04/24 Wed.

 夢に、遠方の祖父母と曽祖父がでてきた。なぜか祖父母の家に錆猫とブルドッグが一匹ずつ飼われていて、錆猫は似たような模様の子猫を三匹産んでいた。目が覚めてからすぐ「元気にしているかな」と思ったけど、遠方の祖父母と曽祖父はもう亡くなっていることに気付いた。夢の中では会話はなかったものの、もうこの世では会えない人と会わせてくれるなんて、私の脳って結構良い奴なんだなと思う。
 今日も勉強がそれなりに捗った。やっぱり最初の30分は眠かったので、また机に伏せて30分ほど寝たら、その後は結構集中できた。

2024/04/25 Thu.

 父が「音楽畑」という言葉を使っていたので、私が「音楽畑ってこんにゃく畑と音は同じなんだ」としょうもないことを言うと、「同じようなものだよ」と返された。
 週に一度はした方がメンタルの健康に良いだろうと思い、庭仕事に繰り出した。日に日に庭の草木が伸びていて、緑が鮮やかになっていく。畑と鉢植えと庭の草取り、ミニにんじんの間引き、ビオラの花がら摘み、植物が枯れた古い鉢植えの片付け、鉢植えの水やりなどをした。汗ばむくらいの暑さだったけど、風と日光が気持ち良かった。うぐいすの鳴き声と蜂の羽音だけなら良いものを、蚊が飛び交う不快な音も大いに聞こえた。まだ四月だというのに、何匹も飛んでいる。
 ここ一週間くらい、首の側面から後ろにかけて湿疹のようなかゆみがあったのが、いよいよ我慢ならないほど悪化してきた。夕方頃から猛烈なかゆさになり、泣きたくなるほどかゆい。かゆみが原因で泣くのも癪なので泣きはしなかったものの、泣いていないのが不思議なほどのかゆさだった。家にあるかゆみ止めの薬を3種類とも試しても効かず、もう後はひたすら保冷剤を首に当てていた。明日もし皮膚科の予約が取れなかったら、号泣するだろうな。

2024/04/26 Fri.

 グロテスクな夢を見た。お寺か神社のような見慣れない宗教施設にいて、人肉食の秘儀に巻き込まれるという内容だった。室内に15人ほどの大人が祭壇を前に並んで正座していて、私もその中に混ざっている。皿が順番に回されてくるので、それぞれ皿の中の物を食べて次の人に回さなければならない。皿の中には、人の内臓の特定の部位(どこかは分からないけど、人間一人につき一つしかないという小さな部位が、儀式に参加している人数分集められていた)が生のまま入っている。夢の中の私は、特に怖いとか気持ち悪いとか思わずに皿を受け取り、皿の中身を目にした時点で夢から覚めた。食べずに済んでほっとしたのもあるけど、皿に入っていた物が焼肉屋で出されるホルモンの類にそっくりで、なんなら皿自体も焼肉屋のそれによく似ていたので、起きてからはおかしくて仕方なかった。確かに臓物だから似てはいるのかもしれないものの、実際に目にしたことのないものをテレビの焼肉屋特集で見たような映像で脳が補ったのかと思うと、どうにもおもしろく思えてしまう。ホルモン系は食わず嫌いをしているので実際に食べることはないけど、人によっては焼いて食べたらおいしそうだと思うだろう中身だった。
 夢の内容をおかしがったのも束の間、今朝はまた首がかゆい。泣きたい。起床後2時間ほど経つと少し和らいで、つかの間ほっとする。皮膚科の予約が取れたので、小雨がぱらつく中を自転車で向かった。長い待ち時間を経てようやく薬を入手し、安堵して帰路に就く。疲れたし、お腹もかなり空いていたので、コンビニに寄って食べ物を買い込んだ。家に帰り着いて手洗いうがいの後すぐに薬を塗り、買ってきたフライドチキン、おにぎり、サンドイッチを無茶食いのように胃へ詰め込む。しばらくすると薬も効いてきて、かゆみが随分収まった。時々またぶり返すので波があるようだけど、昨夜のような耐えられないほどのかゆみではないのでまだ良い。原因が何だったのかは分からないけど、ひどい目に遭った。かゆみを感じない幸せを何度も噛み締めている。

2024/04/27 Sat.

 ホームセンターに行き、さつまいも・赤と黄色のミニトマト・きゅうり・ミニかぼちゃの苗、ひまわりと切り花用百日草の種を買ってきた。畑とプランターにそれぞれ苗を植え、見よう見まねで支柱を立てた。庭仕事は始めるまでが面倒だけど、やり出すと本当に楽しい。両頬を蚊に刺されてアンパンマンになったような気分でいても、やっぱり土いじりは楽しい。今後の収穫が楽しみ。
 インスタントコーヒーがあったので、コーヒーゼリーを作った。ホイップクリームをたっぷりかけて食べた。

2024/04/28 Sun.

 家の隣の空き地に、雄の雉がのそのそと歩いているのを見かけた。ふくちが興味ありげに眺めていた。
 母とその辺で蓬を摘んできて、以前からやってみたかった蓬餅作りに挑戦した。結構な量の蓬を餅つき機に投入して、鮮やかな緑色のお餅ができた。市販のこしあんを包んで、丸めたものを食べてみると、蓬の風味がしっかりしていてなかなかおいしい。
 往復で10,000歩ほど散歩した。川沿いは風が気持ち良くて、気候も歩くのにちょうど良かった。途中でギブアップしたくなるかと思っていたけど、意外と歩けて嬉しい。

週間日記(2024/04/15-04/21)

2024/04/15 Mon.

 オンラインカウンセリングを受けた。今日は目覚ましい進展や新しい気付きのようなものはあまりなかったものの、毎回そうした劇的なカウンセリングだと疲れてしまうので、こういう回もあった方が良いのだと思う。

2024/04/16 Tue.

 一昨日の面接試験の結果と、認定心理士の資格が取れたかどうかの結果とが今週郵送される予定なので、とてもそわそわしている。今日はまだ届かないだろうなとは思いながらも、気になるあまり日に4回も郵便受けを覗いてしまった。
 クリームボックスという食べ物の存在を知り、そんなの絶対おいしいじゃんと思い、余っていた生クリームを使って作ってみた。案の定好きな味だった。カスタードクリームに似ているけど、卵は入っていない。これを作るためだけに、わざわざスーパーへ行ってコーンスターチを買ってきたかいがあった。
 なんとなく文字数を書けそうなネタを思いついたので、2000字ちょっと書いてみた。意外と集中して書くことができて、頭の中を整理できた感じですっきりしたし、何より楽しかった。応募した先に掲載されるかはさておき、楽しく文章を書けたことが嬉しい。
 新しい化粧品が欲しいと最近思っていたけれど、独立系書店のオンラインストアを覗いた所、化粧品よりも本の方が欲しくなってしまった。迷いに迷った挙句、結局は前から気になっていた本を注文した。せっかく珍しく化粧品が欲しくなっている時に、本屋を見てはいけないとつくづく思った。顔に塗る色や粉よりも、断然本の方を欲しくなるに決まっている。でも、化粧品よりも本を選んだ自分のことが嫌いじゃないなと思えたので、これはこれで良かったかも。

2024/04/17 Wed.

 家事こそ最低限のことをこなしたものの、その他の何をしても手につかない。ポストを覗きたい気持ちを何度も堪えて、いつも郵便が届く昼前まで待つ。本当はいつ郵便配達のバイクが来るかと窓に張り付いて見ていたい気持ちだったけど、さすがにそれは度が過ぎている気がして我慢した。結局、今日は郵便自体来なかった。

2024/04/18 Thu.

 今日は比較的早い時間に郵便物が届いた。待ちに待った封筒を開けると、「惜しくも合格には至りませんでした」の不採用通知が入っていた。あーあ。強がりを言うと、ほっとした部分も大きい。勉強に集中できるし、働く以上逃れられないストレスに晒されなくて済む。「もしかしたら」という期待はしてしまっていたけど、駄目で元々という気持ちもあらかじめしっかり持っておいたので、さほど落ち込むこともなかった。良かった。
 先日注文した本がさっそく届いたので、読み始めた。勉強のために読む本とは違う、娯楽のための本は楽しい。「知識を取り込まないと」という義務感から解放されて、気軽に読める。趣味としての読書って、多分本来そういうものだよなあ。
 夜、これから寝るという時に、視線の先に虫がいるんだろうと思われる動きをベッドの傍でとらちがしている。どうか即座に退治する必要のあるタイプの虫でありませんようにと祈りながら、睡魔と面倒くささに抗えず布団をかぶる。ぱっと見て分かる大きさの虫の姿は見えなかったので、多分放っておいて大丈夫だろう。多分。

2024/04/19 Fri.

 出店でいちご大福やまんじゅうが売られていて、すごく迷って買わなかった。帰宅してからも、「やっぱり買えば良かったかも」とまだ迷っている。

2024/04/20 Sat.

 認定心理士の資格認定審査の結果が気になって仕方ない。なるべく考えないようにしたい。そんなことは到底できないけども。
 『脳のお休み』(蟹の親子、百万年書房)を読んだ。おもしろいという言葉では片付けられないけど、人の生活や考え、感じ方などを本を通して読むと、とても興味深く感じる。著者は「自分は自分、人は人」という意識がしっかり確立されている人のようで、すごいなと思った。私は自分と他者の境界線のようなものがぐちゃぐちゃになりがち、というよりいつもぐちゃぐちゃしているので、憧れや尊敬の念を抱いてしまう。同じ時代を生きる人のエッセイや日記本を読むようになったのは割と最近だけど、色々な人がそれぞれにものを考えたり、行動したりしながら生きている様子を読むのがとてもおもしろく、なんだか「生きているなあ」とでも思えるようで心強いような気持ちになる。私が毎週ネット上に載せている日記も、誰かが見て「生きているなあ」と思ってくれたら、それは嬉しいことだと思う。未来の私にも、この日記を見返した時にそう思ってほしい。

2024/04/21 Sun.

 昨夜9時間も寝たので、よく寝たなという満足感がある。テレビ「趣味の園芸」を観ていたら、ふくちが膝に乗ってきた。温かくて重くて、とてもかわいい。趣味の園芸では、先月行った大阪の植物園「咲くやこの花館」が特集されていた。登場したフィロデンドロン、ストレリチア、ヒスイカズラ、トックリキワタ、タビビトノキ、マドカズラ、アンスリウムの内、最後の2つ以外は自分も写真を撮っていたので、なんとなく嬉しかった。咲くやこの花館のタビビトノキは、実際に見た時は温室の天井に届きそうな高さだと思って驚いたけど、樹高13mもあるらしい。どうりで、スマホのカメラの画面に収まりきらず、撮るのに苦労したはずだ。
 『かわいいピンクの竜になる』(川野芽生、左右社)を読んだ。服や髪、メイクなどの装いについて確かなこだわりと価値観を持っている著者の在り方がとてもかっこよくて痺れた。本当に素敵だ。私は自分の容姿を醜いと思っているので、服などについては多少のこだわりや趣味を持っていても、引け目だの気後れだのを感じて思う存分好きな装いをすることができない。でも、この本を読むとすごく勇気づけられる。実際、「メイク」と言うのも気恥ずかしくて「化粧」と言っている私が、文章の中といえどたった今「メイク」という単語を使えたくらいだ。今度美容室で10年ぶりのパーマをかけるに当たって「自分みたいな芋がパーマなんかかけて、人から笑われないだろうか」と自意識をこじらせていたけど、この本のおかげで少し肩の力を抜いて挑めそうだ。少しずつ自分の中のルッキズムを排して、自分が本当にしたい装いに近付いていきたい。

週間日記(2024/04/08-04/14)

2024/04/08 Mon.

 午前中に地震があり、少し揺れた。ふくちが戸惑ったようにこちらを見ていたので、話しかけてやると落ち着いたようにまた眠り始めた。こういう時、猫を抱っこして軽く揺すると、地震の揺れを飼い主によるものだと思って安心するらしいのだけど、抱き上げるにはふくちは重いからなあ…。
 ヒルガードの心理学を読んで、びっくりするほどスムーズに寝落ちした。眠くなるのは仕方ないとして、寝てしまうことについて「やっぱり自分は駄目だ」みたいな、妙な意味付けをしないようにはしたい。寝ても、寝て起きてまた勉強すればいいんだし。

2024/04/09 Tue.

 ヒルガードの心理学を読む。とりあえず、買ったはいいもののちらっとしか読んでいなかったこの本にひと通り目を通しておきたい。5章までは眠いし、目が滑るしで全く頭に入らず、果たしてこれで読んでいると言えるのかと問いたくなるほどだった。ところが、6章の「意識」の章に入った途端、急に内容がおもしろくなり目が覚めた。マリファナやオピオイド、フェンサイクリジンなどの単語が出てきて、テンションが上がる。この本は意外にも誤字脱字が結構な箇所あるので(なにせ分厚いので相対的に多くもなるだろう)、意地が悪いけどそれを見つけるのも少し楽しい。あまり好きじゃない内容の本に対しては「きちんと校正していないんだろうか」と思うけど、好きな本となると、いかにも人の手によって作られた本という感じがして、手作り感のような親しみすら覚える。
 午後は庭仕事をする。風がかなり強かったけど、あまりにも天気が良いので家にこもっているのはもったいないと思って外に飛び出した。じゃがいもの芽かき、鉢植えと畑の草取りや追肥、ビオラの花がら摘みなどの作業をし、庭に生えている大きい雑草を引っこ抜いた。いつの間にかラズベリーの花がたくさん咲いていたので、収穫が楽しみ。ヤッケやら帽子やらの装備を整えて庭に出るまでは億劫だけど、いざ庭仕事をすると、日差しも風も、雑草を根こそぎ引っこ抜く感触も全部が心地いい。やっぱり自分にとっては、庭仕事は立派なコーピングになるんだと思う。腰痛と引き換えに、精神の安定を手に入れることができる。
 全く予期していなかった出来事が起こった。オーボエを吹く機会があったのだ。私にとってオーボエは、社交不安症、親の期待や理想、思春期の黒歴史等々のできれば掘り返したくない思い出やイメージと密接に結びついているもので、もう二度と今後の人生で関わることはないだろうと思っていたものだった。ところが、この楽器の組み立て方や音の出し方、手入れの仕方などを母に教えることになった。自分の楽器は水害で泥水に浸かったきり手放したので、楽器を間近で見たり触ったりするのはもちろん、コルクグリスやスワブを扱うのすら久し振りで、借り物であることもあっておっかなびっくり組み立てた。吹いてみると意外にも音は出るし、運指も覚えていて、捨てられずにいた楽譜を引っ張り出して知っているメロディーをさらうことができた。悔しいことにちょっと楽しくて、楽しく感じられたことが少し嫌だった。自分の楽器を失って、もうステージに乗らなくていいし、嫌な思いもせずに済み、親の期待に応えようとする必要もなくなったのだと寂しいながらも解放感があったので、楽器を楽しいと思ってしまうと未練のようなものを認めることになる気がする。いっそ嫌な思い出しかないものだったらすっぱり諦めきれるのに、音楽をやること自体は多分楽しいんだと思う。でも、楽しくてもやはり人前では吹けないし、合奏も演奏会本番も無理だ。もしも社交不安症になっていなかったら、今もアマチュアのオーケストラや吹奏楽に参加して、家族と同じ楽しみを共有できていたのかもしれないと考えてしまう。一方で、楽器はもうやらないと決めたことが、私の中では遅れて来た反抗期のような、親に対するささやかな抵抗に近いという所もある。いっそオーケストラにも吹奏楽にもない楽器を一人でこっそり楽しむのはありかもしれないけども、何かしらの楽器をすることで「ほら、やっぱり音楽は楽しいでしょう」「我が家の人間だから当然音楽をやるよね」といった母からの無言の圧力に屈してしまうことになるのは避けたい。音楽や楽器というものは、「ただ楽しい」という純粋で気軽な理由だけで楽しんでいいもののはずなのに、自身の天邪鬼なプライドがどうしても邪魔をしてくる。それにしても、もうこの楽器を吹くことはないはずだと思い込んでいたので、生きていると何が起こるか分からないのだと改めて思い知らされた。

2024/04/10 Wed.

 「しまうまプリント」のアプリで作っていた、大阪旅行の写真をまとめたフォトブックが届いた。文庫本サイズの冊子に写真がきれいに印刷されていて、眺めていると旅行の楽しさが思い出せて良い。作ってみて良かった。
 なんだか急に化粧品が欲しくなった。KATEのリップモンスターがとても良いので、とりあえずサイトを見て、次に買うならどの色だろうかと考えてみている。他にはまつ毛美容液、チーク、リップやアイカラーなどに使えるマルチカラースティックが欲しい。自分の容姿については、本当に並々ならぬコンプレックスをこじらせている。どのくらいこじらせているかというと、「メイク」や「コスメ」という単語を使うことすら気後れして「化粧」「化粧品」と言っているくらいだ。「自分みたいなのには分不相応だから」という意識が強すぎて、デパートの化粧品売り場などはこそこそと逃げるように通り過ぎることしかできない。きらびやかで華やかな世界が眩しすぎて、地上で日光に晒されてしまったモグラのような気分になる(反対に、書店や園芸店であれば水を得た魚になれる)。ただ、そうやって依然こじらせながらも化粧を楽しみたい気持ちが芽生えてきたのは、良い傾向なんじゃないかと思う。
 畑のアスパラガスを3本収穫したので、豚肉で巻いて照り焼きにして食べることにする。庭に色々な花が咲き始めて、いよいよ春らしくなってきた。色とりどりのつつじとさつき、大手毬、ジューンベリーの他に、へびいちごやナガミヒナゲシなどの雑草も次々と花を咲かせている。観葉植物として室内で育てているコーヒーノキにも、今年2回目の花が咲いた。ジャスミンのような甘い香りが漂ってくる。ふいに香るくらいなら良い香りだけど、辺りに充満しているとあまりにも強烈なので、思わず勉強机やベッドから鉢を遠ざけてしまった。

2024/04/11 Thu.

 午前中に、ヒルガードの心理学を結構読み進めることができた。勉強机の椅子に猫のとらちが居座ってすやすやと眠っているので、私はその傍の床に座り込んで、時々脚が痺れるのをなんとかしながらヒルガードを読んだ。時々とらちを撫でると気持ち良さそうに喉をごろごろ鳴らしていて、その音を聞きながら勉強するというのはなかなか良かった。私は基本的に毎晩8時間は寝たい人間で、大人としては寝すぎなのではないかとなんとなく引け目に感じる部分があったけど、ヒルガードの心理学の中で9時間睡眠が推奨されている部分を読んで大いに励まされた。確かに、8時間半眠った翌日はとても気分が良く、体調も良い気がする。9時間も寝たら一体どうなるんだろう。相当元気になってしまうんじゃないか。朝6時に起きるためには、夜9時には就寝しないといけないというのがなかなか難しくはあるけれども。
 しばらく前に新しく作ったWebサイトに、これまでに描いた四コマエッセイ漫画をいくらか載せた。ところどころ修正しつつ、ぼちぼち全部のページを乗せられたら良い。自分用に製本する時にも思ったけど、こうして見るとなかなかな枚数を描いたものだと我ながら驚く。出来事や感情にオチをつけて四コマ漫画にすることが私にとってはセラピーのようなもので、不安や憂鬱を扱いやすい形にして笑いのネタに昇華してしまうと安心できるので、描いてみて良かったなとつくづく思う。何より、描くのが楽しかった。庭仕事と同じで作業に集中するまでが億劫なので最近は描けていないけど、描きかけのネタも描きたいネタもあるので、そのうちまた描きたい。

2024/04/12 Fri.

 ペンタブを引っ張り出して、さっそく描きかけの四コマ漫画に取りかかった。文字の入力と下書きまでは済ませていたので、線画を描いてトーンのようなグレーの部分を塗ってしまえば完成。そう言うと簡単に思えるけど、線画は一番神経を使う。久し振りに扱うペンタブはすっかり勝手を忘れていて、なかなか思ったような線が引けず作業は難航した。
 お風呂に入っている時、先日のオーボエ事件について考えたことを急に漫画の題材として扱いたくなり、ネタが次から次へと湧いてきた。お風呂というメモもスマホもない環境にいる時に、勝手にネタ出しを始める己の脳は卑怯だと思う。プリンターのように脳内のアイデアを頭から出力できたらいいのにと空想するほどだった。急いでお風呂から上がって化粧品だの薬だのをせっせと顔に塗りたくり、髪も乾かさずにスマホを掴んでアイデアを書き起こすのは、焦りながらも楽しかった。漫画にしろ文章にしろ、何も思いつかない時というのは本当に思いつかないものなので、こうしてネタが湧いてくるのはかなり嬉しい。願わくば、一晩経ってからこのネタ群がつまらない、描く価値のないものだと感じるようなことがありませんように。

2024/04/13 Sat.

 精神科の診察。いつもの薬を8週間分処方してもらった。やっぱり、薬があると格段に動ける気がする。家から病院までの道程を歩いて往復する途中に、つつじ、石竹、白詰草、コメツブツメクサ、ハハコグサ、ノゲシ、ノアザミ、マツバウンランなどの花が咲いていた。花期が過ぎた菜の花には、赤いてんとう虫がくっついていた。
 明日に控えた面接が嫌で、げんなりしている。ただ、数年前のように「不安すぎるので、面接を受けるくらいなら死にたい」「面接くらいでこんなに不安がっている自分は駄目な人間だ」「面接を受けられないから働けなくて今後生きていけない、死のう」等々の考えには今はもうならないらしいというのが、かなり嬉しい。多分、人並みの程度、私が憧れてやまなかった「普通」の緊張具合だと思う。面接が嫌だと思うのが嬉しいと感じられるようになるとは、思いもしなかった。それでも相変わらず面接は大の苦手ではあるので、「たかだか数分の面接ごときで、私という人間の素晴らしさが理解できるはずがないでしょうが」と内心で虚勢を張ってみたり、「まあ、まず不採用だろう」と面接を受ける前から諦めてみたりしている。うっかり期待してしまうと不採用だった時に堪えるし、どうしたって受かった時のことは想像してしまうので、「ダメで元々」「受かったらラッキー」と己に言い聞かせるようにしている。

2024/04/14 Sun.

 仕事にありつくための面接試験を受けた。以前のような「今すぐこの状況から逃げ出したい」「死んでまで回避したい」という強烈な不安がないというのが新鮮だった。文学部の大学時代には、就活の面接が嫌なあまり「車道に倒れる」だの「線路に飛び込む」だのといった案をしょっちゅう考えていたけど、この日は今日の日記を書き始めるまではそういった選択肢を思い出しもしなかった。とはいえ、もちろん緊張はした。話すのがやっぱりかなり下手で、自分でもよく分かるほどしどろもどろではあった。ただし、これまでの「生きるか死ぬか」のような緊張と不安の程度に比べたら、「この程度では緊張とは言えない」と過去の自分に言われそうなほどの生ぬるい緊張感だった。緊張があっただけで、不安を特に感じなかったというのが本当に嬉しい。似たような感情ではあるかもしれないけど、いざという時に備えて集中力を高める「緊張」と、ネガティブな妄想ばかり膨らんで体調まで悪くなってきそうな「不安」とでは、やっぱり別物だ。試験の結果がどうであれ、この程度の緊張で面接を受けることができたという事実を数年前の自分に教えてあげたら、きっと信じられないだろうな。
 「面接が終わったら、何か好きなお菓子をひとつ作っていい」というご褒美を掲げていたので、ヴィクトリアサンドイッチケーキを作ることにした。面接会場から家まで歩いて帰る途中にスーパーへ寄り、スーツ姿で生クリームひとつだけ購入するという一種異様な行動ができて楽しかった。とにかく、面接が終わったことでほっとした。帰宅してスーツを脱ぎ捨て、とびきりおいしいヴィクトリアサンドイッチケーキを作った。バターの風味が豊かでしっとりふわふわのケーキと、去年作って冷凍しておいた庭のさくらんぼのジャム、頑張ったのだからと奮発したちょっと良い生クリーム(普段は200円しない植物性のものを買うけど、今日は倍の値段の動物性のものを買った)の相性が抜群で、我ながらとても良い出来だった。「お菓子をひとつ作っていい」というご褒美ではあったけど、生クリームがまだ100cc残っているので、もうひとつ何か作れてしまう。何を作ろうかな!

週間日記(2024/04/01-04/07)

2024/04/01 Mon.

 今日から4月。無職なので、年度初めと言ったって別に真新しいような要素は何もない。でも春だからか、今年度こそは何か良い転機なんかがないだろうかと期待してしまう。社会復帰という言葉は好きじゃないけど(働くことと社会に属することがイコールになっているのが納得できない。働いていようがいまいがすべての人は何らかの形で社会に関わっている)、社会復帰を果たすことに憧れてやまない気持ちがある。
 臨床心理士を目指しているという人の投稿をSNSで見かけて、やっぱりいいなあ、自分も目指したいなあと久し振りに思った。通信制大学に編入してみて、とりあえず現在の自分には無理だと思い、その目標を追うのは一時停止ということにしていた。自分がカウンセラーに向いてないと思う点はたくさんある。人と関わること全般に苦手意識があるし、相手の顔色を窺って機嫌を損ねないよう振る舞ってしまうし、その割に「これは言わない方が良かった」「あの時ああすれば良かった」と後になって反省することがとても多い。人に嫌われたり怒られたりすることが怖くて仕方ないのに、自己顕示欲や自己表現したい欲が人一倍強い。どもったり早口になったりで喋るのが下手なので、落ち着いてゆっくりと穏やかに話すということができない。当座の自分に必要なのは治療やカウンセリングであって、少なくとも今はまだ心理士を目指せる状態ではないと思った。ただ、「こういう部分はもしかしてカウンセラーに向いているんじゃないかな」と自分で思うことは時々ある。「もしかしたらこういう事情があったかも」と他人の背景を想像する時、どういうリアクションをすべきか真剣に考えながら誰かの話の聞き役に徹している時、困っていたり悩んでいたりする相手に自分の意見やアドバイスを押し付けないよう気を配りながら話を聞こうとする時等々。こういうことは多くの人がするものだろうけども。遡及請求した障害基礎年金のまとまった額があるので、目指そうと思えば、大学院の学費も学生生活中の生活費も、院試のための塾だってある程度はどうにかなる。足りないのは私の努力と能力だけ。どうしようかなあ。

2024/04/02 Tue.

 朝から洗濯機を4回回して、はてなブログとnoteに週間日記を投稿し、昨日の分の日記も書いた。
 昨日思ったことを具体的に考えてみた。お金の問題は、非常に幸運なことに今なら多分ぎりぎりなんとかなる。心理士を諦めて「普通に」働いたところで食べていけるという保証はないんだし、こんな機会は二度とないかもしれない。せっかくチャンスがあるなら、諦めきれずにいる目標を追いかけてみてもいいんじゃないか。やっぱり無理だと思ったら途中でやめてもいい。前向きな気持ちになっている今だけでも頑張ってみようかな。何か変な物でも食べたのか、そういう具合に妙な元気が出てきてしまった。オンラインカウンセリングで「一人暮らしをしたい」と本音を漏らした辺りから、どうにもそういった方向のやる気が湧いてきているらしい。
 まずは、とりあえずのモチベーションとして今年の7月に心理学検定を受けてみる。そのための勉強に取り組むことができるようだったら、先に進んでみようと思う(できなかったら、その時はその時でまた改めて考える)。心理職として働く際には必要であろう公認心理師の資格が取れる大学に編入する。そうすれば、夢の一人暮らしも叶うし、通信制のカリキュラムでは心もとなかった実習や実験もきちんと学べる。そして大学院に進んで、臨床心理士と公認心理師の資格を取り、5年後の今頃には心理職としてどこかで働き始める。理想通りにうまくいくとは限らないし、心理学検定を受ける頃にはもう「やっぱり何もかも無理だったんだ」と早々に挫折している可能性だってもちろん大いにある。でも、この計画を思うとひとつ頑張ってみようかという気になれるので、それだけでも意味がある気がする。「働けないから生きていけない、死ぬしかない」とずっと思ってきた自分が、未来のことを建設的に考えられるようになったということ自体、私にとっては希望に思える。「やっぱり駄目だ」と「もしかしたらやれるかも」をこの先もきっとたくさん繰り返して、それで最終的にどういう方向に進んでいくかは分からないけど、とりあえず2024年4月時点の自分が進みたいと思う方向へ歩いていってみようと思う。先のことを悲観せずに考えられるという状態がこんなにも幸せなものなのだということを思い出せて良かった。

2024/04/03 Wed.

 久し振りにヒルガードの心理学を引っ張り出して、2時間ほど読んだ。最初の30分が経つと眠くなってきて、やっぱり自分には勉強は無理なのかと情けない気持ちになったけど、少し身体を動かしてから再開したら眠気はどこかへ行ってくれた。通信制の大学では学べなかった生理学的な分野の解説を読んで、理科に対する苦手意識はありつつも新鮮だった。人間の脳というものは複雑でおもしろい、と素直に思えたことが嬉しい。日本語ではあまり見ない、英語圏のものらしい言い回しもおもしろかった。私はとにかく数学及び理系の科目が大の苦手で、物理や地学よりは数字と計算が少なそうだからという理由で高校の理科も生物を選択した。そこでも結局数学からは逃げきれず、メンデルの豆がどうの遺伝がどうのの計算ができずに、試験で赤点を取った覚えがある。大学の文学部に進んで、理系科目と完全に縁を切ることができたと思った時は本当に嬉しかった。なのに、今度は生物学とは切っても切れない関係にある心理学、そればかりか統計学という途方もない強敵にまで無謀にも挑もうとしている。人間の心って不思議だな、と思うしかない。
 当座の仕事にありつくための面接の練習をする。面接で尋ねられそうな質問に対する応答の文面をいくつか考えて、それを暗記しようとした。緊張で平常心じゃなくなってもそらんじることができるように、しっかり覚えておきたい。ところが、面接を想定して暗唱してみるも、自分の話しやすいペースで話すとどうにも滑舌が悪く、噛んだりどもったりしてしまう。自分はこんなにも話すのが下手だったのかと驚くほどだった。自分ではそうは思わないけど、人が聞いたら結構な早口なんじゃないだろうか。そうでないと説明がつかないと思うほど下手な話しっぷりで、どうしようかと焦る。とにかく滑舌をなんとかしようと、ネットで見つけた「外郎売り」の文章を何度か音読してみるものの、必要なのは多分これによって身に着くものではなくて、ゆっくり話す練習の方だと思う。落ち着きのあるゆったりとした話し方にはすごく憧れるけど、どうやったらそのように話せるようになるんだろう。
 美容室に電話をかけて、カットとパーマの予約をした。パーマをかけるのはちょうど10年ぶりだ。2時間も美容室で過ごすことに耐えられるだろうかという不安はあるものの、自分の容姿にまつわる並々ならぬコンプレックスをどうにかやり過ごして、自分がこうなりたいと思う髪型を目指そうとしている勇気は我ながら褒めてやりたい。苦手な電話をかけたことも。

2024/04/04 Thu.

 Spotifyで「大和田慧と安達茉莉子のもちよりRadio」の「5-2 私たちは変化を恐れる生きもの」の回を聞いていたら、「変化を選んで後悔したことはない」という言葉が出てきた。あああ、そんなことを言われてしまったら、自分は変化を選んでしまう。
 2時間ほど、ヒルガードの心理学とオリヴァー・サックス『幻覚の脳科学 見てしまう人びと』を読んだ。サックス先生の本は本当におもしろいので、『妻を帽子をまちがえた男』もそのうち読んでみたい。

2024/04/05 Fri.

 昨夜は猫達が2匹ともベッドに来てくれた。とらふくはそれぞれ来て私の掛け布団の上に寝ることはあっても、2匹同時にいるということは今までなかったので珍しいし、何より嬉しい。少し経つとふくちがとらちにじゃれかかって、とらちが逃げてしまったけど。
 ヒルガードの心理学を1時間ほど読む。ここから日々の勉強時間を増やしていけるだろうか。スタディプラスのアプリもまたインストールした。
 夜、録画していたテレビ「ブリティッシュ・ベイクオフ」を観た影響で焼き菓子を作って食べたくなり、シュークリームを作った。シュー生地は、焼きたてこそいい具合に膨らんでくれたけど、オーブンの扉を開けないまま冷ましているうちにいくらかしぼんでしまった。でも、味は我ながらとてもおいしくて、甘くないシューととろりと甘いカスタードクリームの相性が抜群だった。夜中にお菓子を作って食べるというのは背徳感や特別感があって、格別に楽しくておいしい。なかなか起きていられないので難しいだろうけど、深夜にお菓子やジャムを作るという行為に妙な憧れがあるので、いつかはやってみたい。

2024/04/06 Sat.

 羊文学の音楽が気になっていて、YouTubeで何曲か聴いてみた。楽器の音もボーカルの声も心地良くて、「more than words」が特に好きな感じだった。コミュニティサイト「She is」が作ったSpotifyのプレイリストで「砂漠のきみへ」を聴いて以来、そのうち他の曲も色々聴いてみたいと思っていた。親から刷り込まれたジャンル(クラシック音楽)でない音楽を聴いていいなと思えるのは、親とは違う自分の個性が確立されたような感覚がしてちょっと嬉しい。
 ABEMAでアニメ「刀剣乱舞 廻 -虚伝 燃ゆる本能寺-」の第一話を観た。銀河英雄伝説のOVA以外のアニメを観るのが久し振りで(と思ったけど、アイドルマスターシンデレラガールズU149も観ていた)、アニメ鑑賞といういかにもオタクらしい行動を取っていること自体が楽しく思えた。大勢の刀剣男士達が動いて喋っている新規の映像を見られるのは純粋に嬉しかったし、布団を干したり、とうもろこしの髭をむしり取ったりといかにも人間らしい生活をしている推しも拝めて良かった。最近は毎日ゲームにログインこそしていてもノルマのように遠征と内番しかさせていなかったので、ちゃんと出陣させてあげたくなる。刀剣乱舞をプレイしている人達はよく本丸に「帰る」という言い方をするので、それがすごく良いし、分かるなあと思う。たとえゲームの世界であっても、自分が帰る場所があると思えるのはなんだか安心する。一番好きな男士は我が初期刀歌仙兼定だけど、最近Twitterで話題になっていた「結婚したい刀剣男士ランキング」の個人的な一位は石切丸だと思った。本邦の結婚制度に反対している現実はさておき、あのおおらかさ、包容力、おっとりとしたマイペースさ、御神刀としての貫禄、ちょっと抜けた所のあるかわいい性格、最高じゃん!友達になりたい刀剣男士ランキングだったら、歌仙、古今、南海太郎が個人的ベスト3かな。文系、文系、理系。
 珍しく映画を観たい気持ちになり、いつか観ようと思っていた「そばかす」を観てみた。すごく良かった!どうしてこんな良い作品を今まで観ずにいたんだろうと思うほどだった。以下、ネタバレ有りの感想。
 主人公が実家に暮らしているというのが、個人的にとてもポイントが高い。都会でかっこよく一人暮らしをする女性というのも憧れはもちろんあるけど、同じ実家住みのアラサーとしては、雑然とした生活感溢れる実家で同居家族と揉めたり笑い合ったり、歩み寄ったりすれ違ったりしながら生きている感じがすごく良かった。家族なら何でも分かり合えるという展開じゃないのも良い。家族でも全てを理解して受け入れてくれる訳じゃないというのはがっかりすることではあるけど、家族だからって全部理解し合えなくてもいいんだとほっとする部分もある。児童館で自作のシンデレラを発表する場面は、正直観ていて苦しかった。どうして異性愛者のストーリーは何の疑問もなく「普通」のものとして受け入れられて、それ以外のアイデンティティは悪気なく排除されるのか納得がいかなかった。でもその後の、真帆が父親に気持ちをぶつけるくだりで救われた。いかにも映画の感動的なシーンらしい、よく練られたかっこいい言い回しではない「馬鹿」というシンプルだけどリアルな怒りの表現だったのが、却ってかっこよかった。真帆が結婚するという話を聞かされた時、私は過去に似た状況で「ああやっぱりこの子も”そっち”側なんだ」というやるせなさと疎外感を覚えたので、素直におめでとうと祝福できた佳純はすごいと思う。それから、食卓を囲んで家族で焼き肉を食べている場面、こんなにも正直にはっきりと伝えているのに家族に理解されない場面もやっぱりつらかったけど、その後の「私、もうチェロやめる」という台詞にはもっと泣いた。佳純に楽器をやってほしいという父親の期待(佳純がチェロを好きだったからそう思っているのであって、父親自身のエゴからくる期待ではない)には応えず、昔は確かに好きでやりたいと思っていたことだったけど、今の自分はそうではないと思って「やめる」と決断できたというのがとてもかっこよかった。それに触発されたのか、今の仕事を辞めてやりたい仕事をやると言えた佳純のお父さんもかっこよかった。そして最後の場面、本当に良かった!異性愛至上主義、恋愛至上主義の社会はなかなか簡単には変わらない、万人がすぐに理解してくれる訳じゃない、身近な家族だって分かってくれない。でも私がそのままそこにいるだけでそれが救いになるという人もいて、そうであってもそうでなかったとしても、私は私のままでそこにいていいんだという安心感。時々でも、息ができる瞬間が確かにある。主題歌が流れて、たまたまそれが羊文学による楽曲で、何の偶然かと嬉しく思った。曲も歌詞も、主演の三浦透子さんの伸びやかで透明感のある歌声もとても良くて、映画を観終わってから何回も繰り返して聴いている。「走る、その先に、どんな未来がきたって きっと今ならば目を逸らさないよ」という歌詞が特に好きだ。それにしても、良い作品を観たなあ。

2024/04/07 Sun.

 出かけた先で久し振りに八重桜の花を見かけた。桜餅そっくりの花がおいしそうでとてもかわいかった。八重桜のぬいぐるみなんかがあったら欲しいくらいにかわいい花だと思う。
 一昨日シュークリームを作った時の残った卵白があったので、それを使ってラングドシャを焼いた。焼きたてのクッキーというのはふわふわと柔らかくてバターの香りも立って本当においしいので、冷めてさくさくになる前につい食べてしまう。
 隙あらば三浦透子さんの歌う「風になれ」を聴いている。何かが救われて明るい気分になれるような、それでいて泣きたくなるような不思議な曲で、これを聴いていると「大丈夫」だと思えるし、「大丈夫じゃなくても大丈夫」という気もしてくる。覚えてきたメロディーを口ずさんでみたら、自分の音痴具合が全然大丈夫じゃなかった。歌うのって難しい。

週間日記(2024/03/25-03/31)

2024/03/25 Mon.

 昨日の県知事選の結果に、地味にショックを受けている。自民党・公明党が推すような人物には絶対に票を入れたくないと思って、まだマシじゃないかと思える方に投票したのに、その自公推薦の人が当選してしまった。あーあ。ポジティブに考えると、反ワク思想や途方もない案を掲げている人が知事にならずに済んだのはせめてもの救いなのかもしれない。確か地元の新聞だったと思うけど、最近の記事に「熊本県は政治的に保守的な人が多い地域で、自民党支持者が多い」といった旨のことが書かれていて、さもありなんと思った。どうりで、社会との間に障害がある人や海外にルーツを持つ人、性的マイノリティの人などに対して差別的な発言をする人が体感として多い。普段とても温厚で優しい人であっても、急にびっくりするようなことを言い出すからその度に悲しくなる。そして、それは差別だとその場ではっきり言えなかった自分に対して、猛烈な自己嫌悪に襲われる。市内に統一教会の新しい支部が近々できるらしいことといい、今回の県知事選の結果といい、家父長制・男尊女卑・レイシズム・セクシズム・排他主義等々てんこ盛りの県らしくていいんじゃないですか。自称左翼の自称フェミニストとしては本当に嫌になる。こんな社会で生きていくのはしんどすぎると思って死にたくもなるけど、高島鈴さんの「生存は抵抗」を思い出してなんとかやる。
 夜、なぜか突然むしょうにイライラが募ってしまい、まだ夕食後の食器洗いが残っているにも関わらず、座ったきり動けなくなってしまった。こんな調子で夢の一人暮らしが実現できるんだろうかと思うと、ますます落ち込む。一時間ほど座り込んで、何ができる訳でもないのでTwitterを眺めていたら、ふくちがのそのそと足元にやってきた。心配でもしてくれたのかと一瞬ぬか喜びするも、ごろごろと喉を鳴らしながら私の足に爪を立てて噛みついてきた。こちらの思惑など一切気にせずマイペースにじゃれてくるふわふわの生命体が本当にかわいくて、猫って最高な生き物だと改めて思った。痛い痛いと言いながら笑ったら元気が出たような気がして、食器を洗い、お風呂と歯磨きを済ませて就寝までこぎつけることができた。

2024/03/26 Tue.

 昨夜は私のベッドに久し振りにとらちが来てくれた。温かいふわふわの生き物が私の足元に寝ていて、とてもかわいかった。足に爪を立てられて起こされても、やっぱりかわいい。
 先月挑戦しようとしてし損なった仕事の求人がまた出ていたので、駄目で元々とは思いながらも応募してみた。ハローワークで「この一年間、仕事は?何かされていたんですか?」と訊かれて、やっぱりこの社会は働くこと・働けることがデフォルトとして求められているんだなと痛感させられた。とても「働くことについての不安やネックが多く、働けそうになかった」と正直に言える雰囲気ではなく(私がビビりなだけかもしれないが)、それらしい理由っぽいものを答えてみたものの、どうだろう。こういうことを面接でも訊かれるんだろうな。
 畑のアスパラガスを収穫した。たった2本だけの細いものだったけど、軽く茹でて、ベーコンで巻いてフライパンで焼いてから食べてみたらおいしかった。来年はもっとたくさん収穫できますように。
 IKEAのリラックスチェアに座っていると、ふくちが膝に乗ってきた。すっかりくつろいだ様子で毛繕いをしたり、すやすやと眠ったりして、多分一時間以上は膝にいたんじゃないだろうか。7.2kgともなるとさすがにちょっと重いけど、草むらで拾ってきた当初の170gの体重を思うと、よくここまで育ってくれたと嬉しい重さに感じられる。ふくちお気に入りの膝掛けを身体にかけてやると、さらにぬくぬくと暖かく、こたつにでも入っているかのようだった。やっぱり、気を抜いて心地よさそうに過ごしている小動物が傍にいると、人間もすごくリラックスできる気がする。いいものを拾ったなあ。

2024/03/27 Wed.

 学生時代の友人達が夢に出てきた。目が覚めた直後は、実際に自分が経験したできごとの記憶なのかと錯覚してしまったものの、中学の友人と大学の友人が幼馴染みという設定の夢だったので、ちょっと考えれば夢だと分かることだった。数年前の自殺を試みる以前だったら、こういう夢を見るといつも「走馬灯だ」「やっぱり自分は近いうちに死ぬんだ」と夢の内容と自殺とを結び付けていたけど、今なら「脳が記憶を整理しているな」「それにしても懐かしい人が出てきたな」くらいにしか思わない。健康的なことが必ずしも良いことだとは思いたくないけど、健康的な考え方ができるようになってきたのには喜びを覚えてしまう。
 出かけた先で、柑橘類を買い込んできた。甘酸っぱくほのかな苦みがおいしい甘夏、濃い甘酸っぱさが特徴的な不知火、酸味が強くすっきりした味の紅八朔、酸味が控えめで甘く食べやすいはるかの4種類。全部おいしいけど、個人的な好みとしては紅八朔、甘夏、不知火、はるかの順に好きだ。紅八朔は先日初めて食べて、口内に小さな傷でもあれば必ず沁みるような強い酸味が本当においしく、傷に沁みても食べたいと思わせる味だった。実際にそうした。
 育ち過ぎたのを放置していた畑のサニーレタスとチマサンチュ、パセリをようやく収穫した。猫に掘り返されたのを埋め直したじゃがいもも、いつの間にか芽が出ていた。
 再放送のを録画していたテレビ「美の壺 日本のすし」を観たので、猛烈におすしが食べたい。

2024/03/28 Thu.

 明け方、布団の足元にふくちが来ていて、ひたすらもぞもぞと毛繕いをしている。人間が身だしなみを整えていてもかわいくもなんともないのに(その結果多少かわいくなることはあったとしても)、毛繕いをする猫というのは本当にかわいい。まだ寝ぼけている頭でもそう思った。
 STORESのショップ「stand up with you」さんで購入したステッカーが届いた。きらきらに加工された紙に、ポップなかわいいフォントで「家父長制ぶっつぶす」と書いてある。見ているだけで元気が出てくるようなステッカーなので、さっそくiPhoneケースに挟んだ。保守が多い県だろうが構うものかと強がりたい気持ちはありつつも、実際は自分の父親に「CDの音量を下げてほしい」と意見するのさえ勇気が要る。父がシベリウスやマーラーを家じゅうに響くような大音量で聴くのなら、私だって刀ミュやカリスマを堂々と聴いてもいいはずなのに…。村正やWSAのソロ曲を思うと到底それはできないものの、そうしたリスク(?)のない音楽まで隠れてこそこそと聴くのはもう嫌だ。父親のことはちゃんと父親として尊敬しているし好きではあるけど、それはそれとしていつかは父の扶養から抜け出したい。自分で稼いだお金や自分で申請した制度を利用して、誰に遠慮することなく好きな音楽を楽しめる生活をしたい。自分を取り巻く家父長制から脱出し、ゆくゆくは世の中の家父長制という家父長制をぶっ潰すために、iPhoneケースに挟んだきらきらの主張が自分の支えになりそうな気がする。

2024/03/29 Fri.

 以前働いていた園芸店へメネデールを買いに行くと、私が書いたレモンの苗木の販促POPがまだ使われていた。よく見ると字の書き方や絵の細かい部分が私のものと違うので、私が書いたPOPの文面やイラストをそのまま真似して新しい紙になぞり書きしたのだと分かる。辞めてもう随分経つのに、こうして使い回してくれるのはちょっと嬉しい。
 帰り道、神社の桜が満開できれいだった。桜はこの国のナショナリズムと密接に結び付けられてしまっているので、当の桜には何の罪もないのに、本当に気の毒な植物だと思う。
 久し振りに燻製を作りたいと思い、その下準備をした。手羽先やサーモン、ゆで卵、チーズなどの食材に塩とスパイスをすり込み、まずは冷蔵庫で丸一日置く。おいしく作れるといいなあ。

2024/03/30 Sat.

 年に一度の予防接種のために、とらちを動物病院に連れて行くことになった。ところが、元野良猫で抱っこに不慣れなうえ、とびきり警戒心の強い性格なので、不穏な気配を察したのかすぐにするりと逃げられてしまった。そこからはもうどたばた喜劇で、俊敏に逃げ回る猫を人間ごときが捕まえられるはずもなく、病院はまた後日ということになった。それが朝の話で、無事に逃げおおせたとらちはお昼前になってそろそろと一階に降りてきて、もう追いかけ回されないらしいと分かるとほっとしたように網戸越しの外の風を楽しんでいた。
 庭に燻製器やガスコンロを置いて、昨日仕込んだ食材を燻製にした。燻製を作るのはこれで3,4回目くらいだけど、未だに正解がよく分かっていないので、素人の手探りで毎回やってみている。チップが炎上したり、なかなか煙が出なかったりとスムーズにはいかなかったものの、とりあえず自分で食べておいしいと思えるようなものには仕上がった。特に手羽先がおいしくできて、生焼けにならずきちんと火が通っただけでも嬉しいのに、スモークの風味がそれらしくついていて良い味だった。燻製、スパイスカレー、ミルで豆を挽いて淹れるコーヒーなど、こだわって手間をかけて作る食べ物は面倒だけどとびきりおいしくておもしろい。いつかはこれらを趣味だと言い張れるくらいには極めてみたいかもしれない。

2024/03/31 Sun.

 庭に出たついでに、鉢植えに生えていた雑草を抜き取ってみたら、久し振りにする草むしりの感覚が楽しくてしばらく草取りをした。素手で土や草に触るのってやっぱりいいなあ。お隣に人が引っ越してきてからは、聞こえてくる不機嫌そうな声が怖くてめっきり庭仕事をしなくなったけど、やっぱり庭で何かするのは楽しい。昨日の燻製作りも、野鳥の声が聞こえるだけの前半はそうだった(後半は、帰宅してきた隣人の声に怯えて満足に楽しめなかった)。植物に対する私の情熱や執着は隣人の罵声なんぞに負けないもののはずなのに、臆病風に吹かれてしまって悔しい。

週間日記(2024/03/18-03/24)

2024/03/18 Mon.

 UpNoteに書き出した内容をいくつかピックアップして、旅の日記ブログを書いた。厳選したつもりだったけど、記事のスクロールバーが随分短くなってしまった。
 すき焼きっぽい味付けのおかずが食べたくて、野菜と肉を適当に砂糖醤油味で煮てみた。ところが、本当に適当に作ったせいか、あまりすき焼きのような味付けにはならなかった。これに何を足せばいいのか分からず、おいしくない訳じゃないけど何か違うなあと思いながら食べた。いつもほとんどの料理がレシピ頼りなので、感覚で味付けをするのは難しい。

2024/03/19 Tue.

 4回目のオンラインカウンセリング。最近はどう過ごしていたかという話で、知り合いの人達との食事会に参加したことと、大阪へ一泊二日の一人旅に行ってきたことを話した。UpNoteとブログに書いて落ち着いたかと思っていたけど、やっぱり旅行の話を誰かに聞いて欲しかったらしい。しかも、傾聴のプロとなるとこちらも非常に話しやすくて、人に話して聞いてもらう喜びや安心感が確かにあった。また、遡及請求した分のまとまった額の障害年金が口座にあるので、それを資金にある程度の都会へ出て仕事を見つけて一人暮らしをしてみたいという夢も話した。親に言うと苦笑いなり笑い飛ばされるなりしそうだし、自分にはどうせ無理だろうと思って、今まで誰にも話していなかった。ところが、そのお金があるなら実現できるんじゃないかと背中を押してもらえて、遠い憧れが急に夢物語じゃなくなったのでびっくりしたし、嬉しかった。
 それから、街中での一人暮らしについて真剣に考え始めた。メリットとデメリット、どういう地域や物件に住みたいか、仕事は何ならできそうか。どうしよう。自分には到底実現不可能なことだと思って諦めようとさえしていたことだったから、やればできるんじゃないかと思えてきてしまった。一人で旅行に行ったことで、いくらか気が大きくなっているのかもしれない。心理学を学ぶための大学への編入だってこうした勢いでやってしまって、結局心理士になる目標は一旦停止しているのだから、この突然降ってわいた選択肢に対しても慎重にならないといけないかもしれない。でも、編入した時だって「できるか分からないけど、やれる所までやってみよう」と思ってのことだったし、今も後悔はしておらず、やってみて良かったとは思っている。とりあえず、考える分にはまだリスクもないので、「半分自活計画」と銘打って色々書き出してみた。完全に自活したいけど、今は障害年金に頼らずには難しいので「半分」。

収入と仕事について
・障害年金がもらえる間は、フルタイムでないパートで給料が月に10万円いかなくても多分暮らせる
・そこそこの都会なら働き先は多いし、車がなくても公共交通機関で通勤できる。「運転できないから働けない」と諦めるのではなく、運転できなくても働いて稼ぐことのできる場所に移動すればいい
・田舎だと社交不安障害としては知り合いとの遭遇が怖くて就業場所が限られてしまうけど、知らない人ばかりの人が多い場所なら気にしなくていい

一人暮らしの良い点
・自由。自立したいという目標が、田舎にいる時よりも叶えやすい
・知り合いが怖い社交不安障害にとって、田舎の閉鎖的なコミュニティは生きづらい
・親に車を出してもらわずとも自分一人でどこへでも行ける場所に住みたい
・親に経済的負担をかけたくない。親に養われる、親のすねをかじる状態から脱せられる
・親の顔色を窺わなくていい。家の中で「子」としての自分を演じなくていい、「自分」として生きられる
・プライバシーを完全に確保できる。電話ができる、部屋に人を呼べる
・体調が悪くなって辞めても、転々とできるだけの数の仕事先がある
・都会で病院も多いので、保険適用のカウンセリングを受けやすくなる
・私にだって好きな場所に住む権利がある

一人暮らしの懸念点
・やっていけるかどうか。また心身の調子が悪くなって働けなくなり実家に逆戻りは嫌だ
 →以前の自分と全く同じ状態じゃない。その時はその時で考えたらいい。やってみて駄目だったら、また実家に戻ってくればいい
・働けるとみなされて障害年金が降りなくなり、フルタイムで働かないといけなくなる。その時働けるか
 →どのみち今回の受給自体運が良かったようなもの。今の生活を続けていても、働けるようになるとは限らない。チャンスや選択肢の多い場所でいっぱい失敗して経験を積んで治療にこぎつけて、今より良くなる可能性に賭けたい
・金銭的に余裕のない生活になる、好きな物や欲しい物をなかなか買えなくなる
 →どうせ老後も年金だけでは暮らせない。だったら働けるようになりたい。大学時代も仕送りでなんとかやれていた
・祖母と猫が寂しがる
 →猫には両親と祖母がいるし、猫は3日で飼い主を忘れると聞く。祖母の機嫌は祖母自身に取ってもらう。そもそも、私が病気で帰ってきていなかったら本来ここではないどこかで暮らしていたはず
・生活するだけの体力気力があるか
 →ここ数年で多分一番調子がいいし、以前の自分と全く同じ状態ではない。駄目だった時にまた考えればいい
・満員電車だと通勤がつらい
 →自転車に乗ればいい
・観葉植物を運ぶのが大変、一人暮らしの部屋でも育てられるか、場所を取る
 →少数精鋭に絞って連れて行く。いくら植物が好きでも、植物を理由に働き口のない場所で悶々としていたくない
・庭の鉢植え、畑の植物が気がかり
 →鉢植えは全部畑に植えるなり枯らすなりして諦める。植物があるからと自立チャンスを手放す気にはなれない

2024/03/20 Wed.

  一時間ほど散歩をした。ものすごく風が強い日で、どうしてこんな強風の中を歩いているんだろうと我ながら不思議に思うほどだった。でも天気は良かったし、つばめが飛んでいて、桃、れんげ、オオイヌノフグリ、ムラサキハナナなどの花も咲いていた。パン屋さんでいくつかパンを買い、お昼ごはんにした。モーンプルンダーというケシの実のパンが、とても好きな味でおいしかった。熱いコーヒーとの相性が最高。
 午後は県知事選の期日前投票に行った。この人にぜひと思えるような候補はそうそういないけど、選挙はベストではなくベターな方を選ぶものなので、消去法で一番ましだと思える人に票を入れた。
 半分自活計画として、さっそくネットで物件を探してみた。かなりの都会でも、希望の条件を大体満たす家賃3万円台の物件があり驚いた。どうして安いんだろう、築年数が経っているからか。それにしても、自分には絶対に無理だと諦めてしまいたかったことに実現の可能性があることに気付いて、未だにかなり動揺している。やってみて無理だったらまた実家に戻ってくればいいし、これは本当にチャンスなのでは。やっぱりできなかったと思って帰ってくる羽目になることもないとは決して言いきれないけど、先のことは分からない。チャンスがあるなら挑戦してみてもいいんじゃ…。

理想の物件
・ワンルーム、可能なら1K
・キッチンは絶対にIH、コンロが2口以上あると特に良い。調理スペースも少しは欲しい(自炊のモチベーションに関わる)
・風呂トイレ別(ユニットバスは無理)
・南向きの大きな窓(日光がないと病む)
・洗面台も欲しい(洗面台のない部屋は不便だった)
・観葉植物の植え替えができる広さのベランダも欲しい(多分植物無しには生きていけない)
・スーパーの近く(食生活に大きな影響がある)
・できれば公園も近くにあると嬉しい(外出しやすくなる)
・最寄りの駅までは徒歩15分以内、できれば10分以内だと助かる
・築年数にはこだわらない

2024/03/21 Thu.

 洗濯機を4回回して、ダイニングテーブルを念入りに拭き上げたり、先日の強風で庭に飛んできたごみを拾ったり、せっせと家事に励んだ。庭の倒れた植木鉢も起こして水をやる。畑を見ると、いつ植えたか忘れたアスパラガスがにょっきりと生えてきていた。初めて収穫できるので嬉しい。もう少し伸びてから採ろう。
 半分自活計画について考える。一個だけどうしても引っ掛かる部分がある。猫達と離れるのがものすごく寂しい。現在猫達が家族の中で一番懐いているのはおそらく私だから(でも両親も同じことを言いそう)、日中いつも家にいて撫でたり構ったりする人間がいないとなると、猫達も寂しがるんじゃないだろうか。私はそれ以上に寂しがるけど。私にすり寄ってくるふわふわの温かい生き物と一緒に暮らせないことを思うと、想像しただけで涙が出てくる。私が泣きながら毛並みを撫でていても、撫でられている本人は何の関心も示さずぐっすり寝ていて、そのマイペースさがまた愛おしい。こんなかわいい生き物を置いて、私は私のやりたいこと(自活、自立、一人暮らし)にかまけるのか。こういう場合に世の中の人はどうするんだろうと検索してみると、結構よくある悩みらしく、ちょっと安心する。犬と違って、猫は一ヶ月も経てば飼い主を忘れるものらしいとある一方、飼い主を探してそわそわしたり、寂しそうに鳴いたりもするらしい。大好きなとらふくにそんな寂しい思いをさせたくないなあ。ペットを飼っている人はそのペットを愛するものだと知識としては知っていたけど、まさかこんなに離れがたい存在になるとは思ってもみなかった。

2024/03/22 Fri.

 明日から雨が続くので、今日のうちに猫達のクッションやブランケットを洗濯して庭に干した。ふかふかに乾いたものを取り込むと、さっそくとらちがクッションに寝ていた。
 リラックスチェアに座っていると、膝の上にふくちが乗ってきた。毛繕いをしたり、うとうとと眠たそうにしたりとくつろいでいる。温かさと適度な重みが心地良く、撫でるとふわふわで、猫って本当にいい生き物だなと思う。

2024/03/23 Sat.

 思い思いの場所でのんびりと過ごしている猫達に申し訳なく思いながら、家じゅう掃除機をかけた。スイッチを入れた途端にちりぢりに逃げていって、自分のせいながら気の毒だった。
 ロルバーンの手帳がとても気に入っているものの、方眼ページを書き損じるとテンションが下がること、リングノートゆえにページの並べ替えができないことなどがささやかな不満となり、システム手帳に手を出してみた。A5サイズで無色透明のビニール製の本体に、クリーム色の方眼レフィルをセットした。A5サイズともなるとかなり大きくて、持ち歩くのには不便かもしれないなと思うけど、たくさん書けるのが嬉しい。使い始めては中途半端になっているノートが何冊もあるので、これらを一元化してしまうのにも憧れる。やることリストなどをUpNoteで管理するのはとても便利だけど、紙に書いたほうがなんとなくより達成感が得られそうだし、字を書く機会がめっきり減ったのでペンを持つ頻度を少しでも増やしたい。デジタルにはデジタルの、アナログにはアナログの良さがあるので、気分で使い分けられるようになりたい。とりあえず今は紙とペンの気分。
 表紙として、無地のレフィルにボールペンでとらふくの絵を描いたページを挟んだ。一発書きだけど、思ったより好きな感じに描けた。絵を描く機会も増えるといいなあ。

2024/03/24 Sun.

 半分自活計画において、障害年金とアルバイトで一人暮らしをやっていくためのお金関係のシミュレーションをしてみた。九州一の都会である福岡市に住むとして(福岡市に良さそうな物件があった)、ネットの情報を頼りに以前園芸店で働いていた時と同じくらいの勤務時間と出勤日数で考えてみると、多分こうなる。「多分」というのは、計算という行為全般に全く自信がないからだ。

福岡県の最低賃金941円×1日当たり5時間勤務×月に15日出勤(週4日程度)×社保等で引かれるので0.75を掛ける=手取り52,900円くらい
障害基礎年金132,500円×6回+年金生活者支援給付金10,280円×6回=一年間に障害年金として受け取れる額は合計856,680円
856,680円÷12ヶ月=1ヶ月当たりの年金は71,390円
手取り52,900円+年金71,390円=1ヶ月当たりの生活費は124,290円

 また、別のサイトには、手取り12万円の場合でやりくりする生活費の内訳も書いてあった。私は物欲の塊で、欲しい物は多分かなり人より多い方なのではないかと自覚している。だから、そういう自分にとってはかなり金銭的に厳しい生活にはなる。こまめに帰省したいとは思っていても、片道5,000円の新幹線代はおろか、高速バス代だって相当痛い出費になる。ただ、文学部の大学生だった時の生活費を考えると、税金を引いた額でもその頃より少しは余裕がある。そう思うと、やってやれないことはないんじゃという気が湧いてきてしまう。それに、全国39位の最低賃金の低さを誇る我が県の順位を思うと、全国19位である福岡県に行ってみるべきなんじゃないだろうか。ただし、898円と941円というどんぐりの背比べではあるものの。お金を払えば一人の人間に労働を強制して職場に縛り付けられるという考えだけでおこがましいのに、この安さはなんだろう。全国の最低賃金をせめて1,500円くらいにはしてほしい。

週間日記(2024/03/11-03/17)

2024/03/11 Mon.

 ショッピングモールの服売り場で、植物画のようなリアルな植物のイラストが描かれたTシャツを見つけた。イラストの雰囲気が好みなうえ、それぞれの植物についてスウェーデン語で説明が書いてある。サイズが3Lと4Lしかなく、普段自分が着ているLLがなかったので少し迷ったものの、大は小を兼ねるし何より植物の絵がかわいいからと結局購入した。翻訳アプリで調べてみると、描かれているのはリンネソウ、西洋イラクサ、イワミツバ、スズラン、ヤブイチゲらしかった。イラクサとスズランはぱっと見て分かるし、日本の三つ葉に似た葉と、イチリンソウっぽい花だと思ったので正解にかなり近かった。リンネソウという植物は「確かそういう名前の植物があったような」というおぼろげな記憶しかなく、見たことのない植物だったので、未知の植物をTシャツのプリントという形で身近に感じられてわくわくする。それにしても、大抵の服屋さんにはフリーサイズという名のワンサイズの服しかなく、あってもMかLサイズばかりで、大きいサイズのコーナーには3Lや4Lが主なので、LLの服となると本当に選択肢が限られて困る(LL以上のサイズ自体とても少ない)。服を買いに行ってもサイズがないとなると、顧客として認められていない疎外感をこじらせて、まるで社会に自分のような体型の人間が存在していることを許されていないかのようなむなしさを覚える。服は人間が着るために作られたものなのだから、服のサイズに合わせて人間が体型を変えようとするなど順序がおかしいし、巷のルッキズムに抗うためにも社会から求められる画一的な体型からはみ出そうと思いたい気持ちはある。でも、やっぱり好きな服を着たいから、痩せたい。この矛盾がまた悲しい。

2024/03/12 Tue.

 書くのをさぼっていたここ数日分の日記をまとめて書いた。毎晩書くのは自分にはどうも難しく、日記のネタになりそうなことを思いついた時にUpNoteに箇条書きでメモしておいて、後から文章として書くやり方が合っているらしい。Evernoteから乗り換えたUpNoteは、かなり使い勝手が良くて気に入っている。
 紫色の花だけ先に咲いていたチューリップのプランターに、黄色の花が加わった。古い球根も鉢に植えておいたら、赤とピンクと黄色の花が咲いた。先日畑に植えたじゃがいもは、野良猫にほとんど掘り返されてしまった。頑張ってふかふかに耕した土が、トイレとして気に入られてしまったらしい。芋を適当に埋め直して、野良猫対策のとげとげしたやつ(名前が分からない)を置いた。ミニにんじんの種をまいた畝もめちゃくちゃになってしまっているけど、これは面倒だったので放置している。

2024/03/13 Wed.

 明日からの旅行に備えて、荷造りをしたり、旅の計画や下調べを見直したり。家じゅう掃除機をかけたり、整頓したり、洗濯物もぎりぎりまで洗って干した。楽しみでそわそわしている。飛行機に乗ると、着陸に向けて降下している間じゅう耳が激痛に襲われるので、まだ習得できていない耳抜きの練習をしてみた。どうやら上手くできたような気がする。
 晩ごはんを作っている時、IHコンロ3つと電子レンジを並行して使いこなしているのがいかにも料理をしているようで我ながらかっこいいなと思ったものの、そうやって自惚れていたらおかずのひとつに塩胡椒をし忘れてしまった。食卓に出す直前で気付いたから良かったけども。

2024/03/14 Thu.

 「大阪一人旅日記 その1」参照

2024/03/15 Fri.

 「大阪一人旅日記 その2」参照

2024/03/16 Sat.

 朝起きると、枕元にふくちがやって来た。真っ白の毛並みで視界が埋め尽くされて幸せ。しばらく一緒に布団でごろごろして過ごした。掃除機をかけたり、観葉植物や庭の鉢植えに水をやったり。一人旅が終わって、すっかりいつもの日常に帰ってきた。先日食べたネーブルオレンジの種をとっておいたので、小さい鉢に植えてみた。
 旅行の思い出を逐一誰かに聞いてほしくて、とりあえず自分用にと思ってUpNoteにまとめてみることにした。2日間で600枚以上撮った写真を一枚一枚人に解説したい欲求が収まらず、かといって親を付き合わせる訳にもいかない。Blueskyにアップするのも大変なので、写真を厳選してブログにでもまとめてみようかなあ。でも枚数が多すぎるしなあ。

2024/03/17 Sun.

 昨日に引き続き、UpNoteに自分用の旅のまとめを書いた。人に話したいこと、自分の中だけで留めておきたいことを全部書き出して、写真も全部添付して、かなりの時間がかかった作業だった。ひとまず出力はしたので、誰かに全部聞いてほしいという欲求はいくぶん鳴りを潜めてくれた気がする。自分は話すことが下手だから苦手なつもりだったけど、話すこと自体はひょっとしたら好きなのかもしれない。でなければ、こんなに「私の楽しかった話を聞いて!」と思うはずがない。

週間日記(2024/03/04-03/10)

2024/03/04 Mon.

 用事ができたので、一昨年まで働いていた園芸店に行った。知り合いに遭遇することを思うととてつもなく緊張して、人間ってこんなに緊張する生き物なんだなと他人事のような感想を抱くほどの緊張だった。こうした苦しくなるほどの緊張を味わうのは久し振りな気がする。数年前は毎日のようにあった、どきどきして頭の中が真っ白になりその場から逃げ出したくなるような不安とは少し異なり、心臓だか気道だかの辺りが詰まって息がしにくく重苦しい感じがする緊張だ。なんでこんなに緊張しないといけないんだろう、と理不尽にすら感じた。
 久し振りに訪れた元職場は、春の花苗がたくさん並んでいて、見ていて楽しかった。ミニバラ、ガザニア、シクラメン、ラナンキュラス、ルピナス、ネモフィラ、デイジー、マトリカリア、ネメシア、アネモネと色とりどりで、良い季節だなと思った。果樹苗の取り扱いが増えていて、観葉植物も相変わらずたくさんあった。植物が好きな自分にはぴったりの職場だったなとあらためて思う。パートとしてまたここで働くことも考えたけど、今の自分にはやっぱり無理だ。人付き合いに疲れきっていて、人と関わるためのエネルギーやスキルがないし、体力もなく、商品のギフトラッピングや発送手続きの際に生じるプレッシャーに耐えられるとは到底思えない。植物についての知識や興味関心を存分に発揮できる、おそらく自分にはそこそこ合っているであろう仕事だっただけに、今の自分には無理だと感じていることが悲しい。自分にできないことが問題なのか、自分にはできないと考えていることが問題なのかは分からないけども。
 帰り道には、れんげやオランダミミナグサが咲いているのを見た。美しく改良された園芸品種の花も好きだけど、こうした素朴な野の花も好きだ。食べ終わったバナナの皮に似た見た目の、れんぎょうの花も咲いていた。

2024/03/05 Tue.

 今月の半ばに一泊二日で一人旅に出かけることを決意したので、その計画を立てた。障害年金が手に入ったことで、もし病気になっていなかったら働いて稼いだお金で楽しめていたはずの自分の人生の埋め合わせをしたくなったことと、「まだ生きていていいよ」と行政及び世の中から認められたような気がして安心したこととがきっかけだ(そもそも、行政の仕事はすべての人に「生きていていいよ」という姿勢を示して各人に必要な支援をすることだ)。まとまった額のお金が口座にあることで、「この先まだしばらく生きていける」と思えたこともまた嬉しく、それを祝福したい気持ちもある。ひとつ楽しい思いをして、世の中にはまだまだおもしろいものがたくさんあるのだから死ぬには惜しいのだと、生きるモチベーションにもしたい。死んでしまいたい気持ちももちろん根強く残っているけど、自殺というバッドエンドを回避して今後も生きていけるようになるためには、試行錯誤して手を尽くしてみようと思っている。
 旅行先は大阪に決めている。昨年私以外の家族が大阪に行っていたのが羨ましかったのと、どうしても行ってみたい博物館と植物園が大阪にあるためだ。大阪には修学旅行や就活でしか行ったことがなく、つまり楽しい思い出がないので、自分の中でのイメージを払拭したいのもある。格安航空の方が新幹線より安いことが一番の理由だけど、空港という非日常感のある空間も楽しみたいので、往復とも飛行機で行くことにした。自分のためだけに旅行の計画を立て、旅のしおりまで作るのが本当に楽しい。生きていれば楽しいことがあり、自分は楽しませるに値する人間なんだと思えるきっかけのひとつになるような旅行ができたら嬉しい。

2024/03/06 Wed.

 ドラマ「作りたい女と食べたい女」のシーズン2を最終話まで観た。とても良い作品だった。同性カップルへの偏見や法の不備、異性愛者の男女同士で結婚して子をもつことが正しいのだという風潮、そうした日本社会の悪しき部分をきちんと批判的に描いてくれるドラマがテレビで放送されることが、本当に嬉しかった。物語の脇役やスパイスのような立ち位置ではなく、れっきとした主人公として性的マイノリティのキャラクターが存在していることも嬉しい。また、もしも会食恐怖症について「治療さえすれば簡単に治る病気」のような扱われ方がされていたら、通院を続けているにも関わらず10年単位で社交不安症に苦しめられている当事者としては羨ましくてやりきれないと思って危惧していたものの、ドラマ「つくたべ」に携わるスタッフの方々にそうした懸念を抱く必要はなかったことがちゃんと分かった。ひとつだけ、会社を辞めていた南雲さんが「私も頑張らないとな」といったような台詞を言った後に就職活動をしていたのが、「無職でいることは頑張っていない状態」とでも言われているようで勝手に責められたような気持ちになってしまったけど、これは私お得意の被害妄想だと思う。それにしても、作中で野本さんと春日さんが食べていたあんバタートーストがおいしそうだった。今度小豆を買ってきて炊こうかと真剣に考え始めるほど、魅力的な食べ物だった。
 Twitterのトレンドに「会食恐怖症」の文字があり、Twitterのトレンドというものは見てもまず良いことはないのだと嫌というほど理解しているはずなのに、つい見てしまった。激しく後悔した。
 夜寝る前に「今日あった3つのいいこと」を紙なりメモアプリなりに書き出す習慣をつけたいと思うのに、一日の終わりはどうしても疲れ果ててしまってそれができない。疲れと眠気で机に向かうのはおろか、スマホを持って文字を入力するのも億劫に感じられる。きちんと疲れるほど日中に活動できて、自然な眠気が訪れて寝つけることが「今日あった3つのいいこと」のひとつだとでも思っておきたい。

2024/03/07 Thu.

 掃除機をかけたいと思うものの、猫達がそれぞれお気に入りの椅子の上で気持ち良さそうに寝ているので、掃除機の騒音で起こしてしまうのがどうにもしのびない。結局掃除機はかけたのでちりぢりに逃げられてしまったけど、しばらくするとまた各自思い思いの場所でぐうぐう寝始めていた。「幸せそうに寝ているから起こしたくない」と思える存在が身近にいるというのは、かなり嬉しいことだと思う。
 せっせと家事をやっつけてしまうと、妙に疲れた。なんとなく気が向いて、お湯で粉末を溶かすタイプのオニオンスープを飲んでみたら、やたらおいしかった。「気分が落ち込んだ時にすることリスト」に、温かいスープを飲むことを加えておきたい。
 地元産のレモンが冷蔵庫にあったので、午後は張り切ってレモンタルトを作った。初めて作るレシピだったのもあり、タルト生地が柔らかすぎて少し不格好になってしまったけど、味はとてもおいしいものができあがった。さくさくのタルトに甘酸っぱいレモンのクリームがよく合う。レモンの輪切りのコンフィを並べ、庭で摘んできたレモンバームの葉も飾ると、なんとなくそれらしい見た目になった。作るのにはそれなりに時間がかかったけど、食べるのはあっという間だった。
 プランターのチューリップが、紫色のものだけ咲いた。他の色はまだつぼみのままだ。

2024/03/08 Fri.

 とらふくの写真を使ったLINEスタンプの第2弾を仕上げたので、LINEクリエイターズマーケットにアップロードして審査をリクエストした。
 久し振りに床に伸びて、少し昼寝をした。精神科の薬を増やしてからは、日中に疲れて横になる時間がかなり減ったと思う。
 1時間ほど本を読む。『私の生活改善運動』(安達茉莉子、三輪舎)を読み始めた。表紙のイラストはもちろん、装丁もとてもかわいい。内容も、自分が幸せでいるために無理なくできる行動のヒントがたくさんあって、読んでいると「私も私なりに私を大事にしよう」と思えてくる。また、自分なら「嬉しい」だの「羨ましい」だのといったありふれた形容詞で片付けてしまうような感情が、想像力を掻き立てられるユニークな表現で描写されていて、読んでいて楽しい。

2024/03/09 Sat.

 LINEスタンプの審査が通って、今日から販売を開始した。さっそく家族のLINEグループで使っている。
 夜に一人で4000歩ほど散歩してきた。目的としては散歩というよりウォーキングと言った方が正確かもしれないけど、散歩という言い方のほうが肩の力が抜けた気楽な感じがするので好きだ。何か考えているようでいて、何も考えていないような気もするぼーっとした状態で黙々と歩き続けると、家に帰り着く頃には頭の中がすっきりしているので気分が良い。歩きながら、昼間に読み終えた『私の生活改善運動』に影響を受けた考え事の整理をした。著者の引っ越しのくだりを読んだ時、自分が幸せでいられる場所に住む権利が私にもあること、住む場所を好きに選べる権利があることを思い出した。今の私は自活できるだけの稼ぎを働いて得ることができないから、実家でくすぶっていることしかできないと思い込んでいたけど、私にだって好きな場所に住む権利がある。車を運転しなくても暮らしていける場所で自由に生活したい、親に干渉されない生き方をしたいと改めて思った。普段、私は大好きなゲームやミュージカルの曲を、親に聞かれないように一人でこそこそと聴いている。父は大好きなクラシック音楽を誰にかまうことなく毎日大音量で楽しんでいるのに、どうして私は後ろめたいことでもするように隠れて聴いているんだろう。「音楽といえばクラシックでしょう、クラシック以外の音楽はちょっとね(笑)」とでも言いたげな両親のもとで育ったせいか、クラシック以外のジャンルも好きだとは言えない自分がいる。外出をすればどこで何をしていたのか弁明しなければならないような圧があるし(私の被害妄想かもしれないが)、珍しく電話をすれば誰と話していたのか何の気なしに尋ねられる。20数年前に建てられた我が家は良く言えばとても開放的な造りで、部屋と部屋を隔てる壁がほとんどなく、吹き抜けもあって、家のどこにいても家族の声や物音が聞こえる。一人で部屋に閉じこもることも、人に聞かれずに電話をすることも難しい。でも、家の中でくらい好きな音楽を堂々と楽しみたいし、最低限のプライバシーを保ちたい。先月応募し損なった求人がまた出たらリベンジして、そこで働き続けてお金を貯めて、いつかは一人で街中へ出て行きたいと前向きに考え始めた。その計画を近い未来に実現できるかどうかはさておき、そういう可能性がない訳ではないこと、実家を出て好きな場所に移り住む権利が自分にもあるのだということを思い出せたのは嬉しい。

2024/03/10 Sun.

 知り合いの人達との食事会に行った。予定が決まった時から、胃の辺りがぐるぐるするような、気道に何か物でも詰まっているような、変な緊張がずっと続いていた。仲良くしたいし、もっと仲良くなりたいから行きたい気持ちはもちろんあるものの、何かしらの失敗をしでかして軽蔑され距離を置かれる恐怖を思うと行きたくない気持ちもあり、参加についてはかなり迷った。家族以外の人と会って話す経験値を積みたい気持ちもあれば、今の自分には耐えきれないストレスになりうるんじゃないかという気持ちもある。結局、声をかけてくれるということは嫌われてはいないんだろうと己に言い聞かせ、参加することを決めた。無事に食事会が終わって、「あの時もっとこうしていれば」「あれはちゃんと意図が伝わっただろうか」と気に病む要素は多々あったものの、「もうあの人達に顔向けできない」と思わざるをえなくなるような致命的な失態はやらかさずに済んだ(と思う)。人との食事くらいでどうしてこんなに疲れるのかと情けない気持ちになるほど疲弊したけど、かつては「人のいる所でものを食べるのが怖いから、フルタイムの仕事に就けない。働けないから死のう」とまで思い詰めていた時期が長かったので、今日振り絞ったなけなしの勇気を褒めてやろうかなという気もする。今の私にできる限りのベストは尽くした。

週間日記(2024/02/26-03/03)

2024/02/26 Mon.

 録画しておいた先週のドラマ「作りたい女と食べたい女」を観る。第23話で、会食恐怖症の南雲さんが、人とごはんを食べることについて「できないだけで嫌いな訳じゃない」と言っていたのが印象に残った。何かと理由をつけて家族以外の人との食事を断り続けている一人の社交不安症の患者として、確かに私もそうだと思った。過剰な不安や疲労を感じるため、自分は人との食事自体が嫌いなんだとすっかり思い込まされていたけど、人との食事を楽しめるようになったらどんなにいいだろうと本心では憧れていることを忘れていた。他人と食事をするとなると、口に食べ物を運ぶタイミングや会話の中での適切なリアクションが分からなくなったり、自分がマナーの悪い食べ方をしていないか、口の周りを汚していないか不安になったり、ひとつひとつは些細なことが気になって仕方なくなって、帰宅するとぐったり疲れてしまう。食べることそのものは大好きだし、他者との関わりを楽しめるようになりたいとも思っているのに、誰かと一緒にものを食べるとなると、なんとかしてその機会から逃れようとする癖がしみついている。「つくたべ」の野本さんと春日さんは二人で一緒に食事を楽しみ、会話が途切れた静かな状態でも自然な状態、しかも幸せそうな状態で過ごしていて、すごいなと感じる。ドラマの一場面とはいえこういう状況は多分世の中によくあるものだけど、自分にはフィクションのように手の届かないものに思える。「人との食事でしんどい思いをしなくて済む状態になりたい」とばかり考えていて、「人との食事を楽しめるようになりたい」というポジティブな願望がいつの間にか埋もれてしまっていたので、思い出せて良かった。
 Twitterの自分の過去のツイートのアーカイブをダウンロードした後、ツイートを全て削除した。長いこと親しんできたTwitterがない生活など考えられないと思っていたけど、Blueskyを使い始めてみると、多すぎる広告がない、インプレゾンビがいない、スパムアカウントからのフォローもないSNSのあまりの快適さに感動してしまった。Twitterでしか得られない情報は確かにあるのでアカウントの削除までは至らないものの、今後Twitterは閲覧専用にして、発信はBlueskyのほうでしようと思う。在りし日のTwitterは本当に好きだったんだけどなあ。

2024/02/27 Tue.

 珍しく家に人が来るので、家の中をあちこち片付け、掃除機をかけ、玄関を掃き、空気清浄機のスイッチを入れ、猫の爪によってぼろぼろになったソファカバーを来客時用のものに替えた。自分にも家の中をきちんと整える能力があるのだと思うと、日頃すり減っている自尊心が少し蘇る気がする。
 3回目のオンラインカウンセリングを受けた。「働けるようになりたいけど、働ける気がしない」という話から始まり、子どもの頃の様子や両親のことについて色々話した。私がずっと根に持っている、25歳の誕生日で言われた「24歳で死んでたはずなのにね」や「やっぱり毒を飲んだ女は違うね!」という、私の服毒自殺未遂をネタにした母の冗談(冗談として成立していない)のことを流れで話すと、泣くつもりはまったくなかったのに涙がぼろぼろ出た。昔のことだと割り切っていたつもりだったし、「ひどいこと言いますよね、ははは」といったテンションで笑い飛ばそうとしていたので、急に泣き出した自分に我ながら驚いた。まだしっかり傷付いていたんだなあ、としみじみ思った。顔と口調は笑っているのに涙を流して話している私に対して、カウンセラーの先生は笑わず真剣な表情で聴いてくれて、それが後になって振り返るとむしょうに嬉しく感じられた。人から嫌なことを言われても大抵はつい笑って受け流してしまうけど、これは無理に笑おうとしなくていいんだ、ちゃんと悲しんだり怒ったりしていいんだ、とやっと思えた。人と話す時に、自分は気が付くと聞き役に徹してうんうんと相槌を繰り返すだけになってしまいがちだけど、自分の話を親身になって聴いてくれて適切なフォローをくれる傾聴のプロに話す体験が久し振りで、話す側に回るのもいいものだなと思った。オンラインカウンセリングを受けてみて良かったと思えたこともまた嬉しい。

2024/02/28 Wed.

 今年に入って初めてしっかり庭仕事をした。隣の家に人が引っ越してきて以来、庭いじりを楽しむことがめっきり減ってしまった。私に向かって言っている訳ではないと分かってはいても、すこぶる機嫌の悪そうな荒い口調の話し声がしばしば聞こえてくるお隣さんに対してすっかり萎縮し、そうした声が聞こえる度に勝手に怯えきってしまうため、どうしても庭で趣味に興じる気になれなかった。しかし、春の陽気に感化されて、先日ホームセンターで買ったじゃがいもを植える使命を果たすべく、なけなしの勇気を振り絞って庭に出た。その結果、かなり楽しい2時間半を過ごすことができた。暖かな直射日光を浴び、新鮮な外の空気を吸い、トラクターが畑を耕す音をBGMにしてせっせと自分の小さな畑を耕し、草をむしった。とても気持ちが良かった。こんな楽しいことを今までしなかったなんて、と思った。さくらんぼの花がいよいよ咲き始め、チューリップも葉の隙間からつぼみを覗かせている。寒々とした枝だけになっていたばらやラズベリーに緑色の新芽が出ていて、鉢植えにも雑草にも花が咲き、どこもかしこも青々と葉を茂らせていて、庭にいるだけで元気になってくる気がする。雑草を取り除いてさっぱりした畑にじゃがいもを植え、ミニにんじんの種をまき、適当に肥料をばらまいた。鉢植えにも追肥をし、ビオラの花がらを取り除いて、根の出たパイナップルのへたも鉢に植えた。鍬をふるったことによる筋肉痛の気配は感じながらも、達成感や満足感、ほどよい疲労感を得た。私にとっては、庭仕事は間違いなく精神の健康に良い効果をもたらすであろうことを改めて確信した。不機嫌な隣人になぞ臆してたまるか、私の楽しみと心身の健康と畑の収穫をこそ優先すべきだ。これからはこまめに庭で作業しよう。一度怒鳴り声を聞いたら、多分この決心はまた怯むだろうけど。

2024/02/29 Thu.

 注文したデスクが明日届くのに備えて、部屋の片付けに取り掛かった。学習机に積んでいた教科書類や適当な所に置いていた本を全て本棚に並べて、本棚そのものはすっきりと片付いたものの、元々詰め込んでいた文房具や紙小物、ごちゃごちゃした雑貨などが行き場を失い、かえって部屋が散らかる自体になってしまった。部屋のどこにこれだけの量をしまっていたのかと思うほど、大量の物が山と積まれて、時折雪崩を起こしている。とりあえず埃をかぶらないようにしたくても、段ボール箱や収納ボックスの類も空の物が家になく、途方に暮れてしまった。収納スペースがないなら物を減らすしかないのだけど、どれもこれも必要な物に思えてなかなか捨てられない。買い集めた本や趣味のグッズはもちろんのこと、ペン類、色鉛筆、シールやメモ帳、過去の手帳と日記、いくつもあるポーチ、手芸材料、季節の飾り物、大勢のぬいぐるみ達、博物館や美術館のパンフレット、文学部時代に使っていた古いノートパソコンや段ボール箱いっぱいのレジュメ、全部私が好きだったり、思い入れがあったりするものだ。いらなくなった古い書類ぐらいはいくらか資源ごみに出したものの、いかんせん他の物が多すぎて収納しきれない。自分はどちらかといえば整理整頓ができるほうだという自負があったので、「片付けられない」という不測の事態に直面してかなり狼狽した。片付かないというのは、こういう感じなのか…。週末にホームセンターや百均を覗いて何かしらの収納グッズを買うしかない。良いものがありますように。

2024/03/01 Fri.

 新しいデスクとハンガーラックが届いたので、猫達に邪魔をされながら組み立てた。大掛かりな工作のようで楽しかった。2人以上での組み立てを推奨されている家具を1人で組み立てられると、ちょっと嬉しい。ここしばらくずっと暗い焦茶色の木目の家具に憧れていたので、今回思いきって買ってみて良かった。家の中が白木っぽい明るい壁や床なので、暗い色の家具は浮いてしまうかと思っていたけど、意外と馴染んでいる。
 何か収納に役立つ物でもないかと、歩いて百均へ行った。あちこちに春の花が咲いていて、たんぽぽ、オオイヌノフグリ、からすのえんどう、ハナニラ、ドイツすずらんなどを見かけた。樹木に詳しくないので正しい名前が分からなかったけど、寒緋桜だか河津桜だか、濃いピンク色の桜らしき花も咲いていた。
 庭のさくらんぼも満開になったので、写真を何枚か撮ってみたけど、逆光でなかなか上手く撮れなかった。桜は気の毒にもナショナリズムのシンボルとして扱われることが多いので、花を見てきれいだと思ってもあまり好きとは言いたくない植物だと思っている(桜に罪はない)。それよりも、桜に似た花であっても桜よりも花数が少なく、毛虫も発生しにくく、おいしい果実が楽しめる桜桃(さくらんぼ)のほうが私は好きだ。

2024/03/02 Sat.

 精神科の診察。今は大体6週間に一回の頻度で通っている。オンラインカウンセリングはどうだったかとか、日中に自分の時間は何をして過ごしているかとかを訊かれた。薬は前回に引き続き、アリピプラゾールとトリンテリックスを処方してもらった。
 母がホットプレートでどら焼きを作っていて、人にあげる分を確保した残りをもらって食べた。蜂蜜の風味がする焼きたての生地がすごくおいしかった。あんこと生地の間にスライスしたバターを挟んで食べるととんでもないおいしさで、危険なカロリーだと分かってはいてもいくつでも食べたくなる味だった。
 心ゆくまであんバターどら焼きを食べた罪滅ぼしに、少し長めの距離を散歩した。たっぷり歩いたつもりだったけど、歩数は5000歩ほどだった。川沿いはウォーキングや犬の散歩をしている人が多く、往路だけでも5人の人とすれ違って挨拶を交わした。どの人も知り合いではないものの、田舎ゆえに挨拶をする習慣がある。こうして挨拶をするのは今でも緊張するけど、以前はもっと不安で怖かったので、その頃は「先手必勝」「先に挨拶をしたほうが勝ちというゲーム」「やられる前にやれ」と内心で自分に言い聞かせていた。今思うとシュールだけど、当時は必死だったことを思い出す。天気が良く、時々ポケモンGOのアイテムを回収しながらひたすら歩くのは楽しかった。歩きながらの考え事は、周囲に注意が向けられながらになるので、あまり深刻になりすぎなくて良い。木瓜や椿、もくれん、すみれ、芝桜、ムシトリナデシコ、カロライナジャスミンなどの花が咲いていた。

2024/03/03 Sun.

 両親が出かけている間に、せっせと家事を頑張った。洗濯物をたくさん干して、あちこち片付けたり、家じゅう掃除機をかけたりした。先日どうしていいか分からなくなるほど散らかしてしまった自分の部屋も、カラーボックスを追加したことでようやく片付いた。部屋や机の上が散らかっていると落ち着かないので、整理整頓できるとほっとする。新しいデスクもハンガーラックもなかなか使い勝手が良く、デザインも好みで気に入っている。自分が働いて得た給料ではないお金で大きめの家具を買ったことに罪悪感があるけど、年金や生活保護などの制度を利用して暮らす人に慎ましく生活しろというのは働くことができる状態にある人の驕りで、いわゆる生活保護バッシングに繋がる傲慢な考えだ。こういうものには断固抗いたい。「働けるようになったら、何かしらの仕事に就けたら新しい机を買っていいことにしよう」と長いこと考えていたけど、いつになっても働けそうになく、机を買える未来など到底来るとは思えず、働くことも机を買うことも何もかも私には駄目だ、高望みだ、と思っていた。だけど、無理だと思っていたもの(机を買うこと)を正攻法ではないやり方とはいえひとつクリアしてしまうと、なんとなく気分が前向きになる。自分が「こうしなければならない」と思い込んでいる方法でなくても、他に道はいくらでもあるような気がしてくる。親に買い与えられた学習机を手放して、新しい自分の机を手に入れたことも、「親の子ども」としての自分ではなく「私という一人の人間」とでもいった自分にシフトしたような感覚がある。机ひとつでこれだけ気分が楽になるのだから、買ってみて良かった。
 散歩に出かけると、草いちごの花が咲いているのを見つけた。初夏になったら、ここに真っ赤な野いちごの実が生ると思うとわくわくする。子どもの頃から大好きな植物なので、庭に生えていたらどんなに楽しいだろうと思ったこともあるけど、もし植えてしまったが最後、茂りに茂って手に負えなくなるだろう未来は想像にかたくないので我慢しておく。

週間日記(2024/02/19-02/25)

2024/02/19 Mon.

 履歴書とエントリーシートを書かないといけないけど、その先に面接があるという現実に向き合いたくなくて後回しにしている。この仕事に就けたら本当に嬉しいけど、緊張でしどろもどろにならないはずのない面接試験と、空白期間だらけの履歴書をもってして自分が採用されるとは到底思えない。駄目で元々とは言っていても、駄目だったらやっぱり相当落ち込むだろうな。
 『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』を読み終えた。男女の恋愛ものという普段読まないタイプの作品かつ馴染みのない価値観や生活にふれて、とても新鮮に感じた。「だれかと話したい気分」というものがあることに驚いたし、作者が次々に色々な他者と出会ったり交流したりしていく様子に舌を巻いた。すごすぎる。また、頻繁に開催されているクリエイターの展示、こじゃれた飲食店の数々、いくつもの充実した書店、自宅以外で映画や音楽を楽しめる場所、そうした都会の文化資本の豊かさをまざまざと突きつけられた。あまりにも生活環境が違う。文化圏が違う。住む世界が違う。もし、私が作者の真似をして昼間の公園で一人ピクニックでもしようものなら、「誰々さんちの娘さんはよか年ばしてまーだ仕事しよらんとね」と同じ町内会のおばさま方に噂話のネタを提供するか、それが小中学校の近くであれば下手をすると通報されてもおかしくない。そうしたコンプレックスをこじらせながらも、日記文学としておもしろく読んだ。また、セクシャルな関係を伴う男女の恋愛というものはこういう感じなのかと、異世界ファンタジーや遠い外国の物語でも読むような心地もした。
 家の近くの空き地でイネ科の雑草の葉をひとつかみむしってきて、猫達に与えた。市販の猫草はあまり食べないので、こうして時々名前も知らない草を食べさせている。私は都会へのコンプレックスや羨望、ひがみなどを常々くすぶらせているけれど、田舎でないと外でこうして草を気軽に摘んでくることはできないだろう。多分。少なくとも、私が田舎に住んでいることは、猫達にとっては良いことなのかもしれないと己を納得させようとしている。
 久し振りにピアノを触った。ブルグミュラーを数曲弾いた後、ハノン、ドビュッシー、テレビ「岩合光昭の世界ネコ歩き」の楽譜を見て少し音を出した。もう楽譜も読めなくなっただろう、指もほとんど動かないだろうと思っていたけど、それなりに読めるし、思ったよりは動く。ブルグミュラーは弾きやすくて、色々な曲があってやっぱり楽しい。丁寧に「アヴェ・マリア」を弾いてみたり、「乗馬」や「狩り」で大きな音を出してみたりして、少し気分がすっきりした。
 夜、またしても本に影響されて、Tinderをインストールしてみた。人と関わることが苦手なので基本的に人付き合いは避けがちだけど、いつかは克服しなければならないんじゃないかと思っている。人と接する経験を積んでみよう、そのために家族以外の人と交流する機会を作ろう、つまり友達作りをしようと思ってのTinderだった。しかし、自分にはやっぱり無理だと思い、アカウントを作る前にアプリを削除し、またアプリを入れ、開く前に削除し、とうとう3度目のインストールをした。こんなに迷っているなら観念してやってみようとアカウントを作成するも、見ず知らずの人に自分から右スワイプなんてとてもできるものではない。ならば自分のことを右スワイプしてくれた人の中から探そうとも思うものの、無課金ユーザーではそうした相手を見ることができない。いっそ課金してみるか?金色の課金マークが表示されるのは嫌だな、一週間で2,500円というのはいくらなんでも高すぎる。その金額で、気になる本を一冊買ったほうがよっぽど良い。そもそも、こうしたマッチングアプリは他者との出会いや交流を楽しめる人のためのツールであって、私のようにコミュニケーション全般に強い苦手意識を持っている人間が手を出すものべきではなかった。田舎で気の合う人間とマッチできるはずもない。あれはある程度の街中に住んでいる人間がやるもので、若者がどんどん出ていく過疎地域で活用できるものではない。いつかここよりはいくらか都市化の進んだ地域で一人暮らしをしてみたいけど、まともに働けないからそれはできない。働けるようになるために必要な人と関わるスキルを身に着けたいけど、その経験を積むために人と交流する機会がない。卵が先か鶏が先か、ぐるぐると輪のように「これができないからあれもできない」が繋がっている。あーあ。

2024/02/20 Tue.

 一体どういう人が自分にライクしてくれたのか知りたくなり、もしかすると話せそうな人がいるかもしれない可能性に賭けて、思いきって(血迷って)Tinder Goldに課金してみた。500ほど来たライクの送り主のプロフィールを一人一人ざっと眺めていって、共通点が何もなくとても話が合いそうにはない人間を片っ端から左にスワイプしていった結果、5人ほどしか残らなかった。マッチする範囲は「みんな」に設定しているのに、男性以外からのライクはほとんどない。趣味が筋トレやドライブ、スポーツ観戦だという男性の多さには驚いた。家族以外の男性と話す機会自体がまずないけど、世の中にはそういう男性が多いんだろうか。そんなはずがあってたまるか。Tinderというアプリには多いんだろう。残ったごく数人のプロフィールにはそうしたマッチョ成分は見当たらず、「人と話すのが苦手だから練習したい」という自分とよく似た動機の人や、趣味の欄に「読書」や「文学」のタグを付けている人がいる。ここからがまた難関で、「もしかしたら話せるかも」「どういう人間なのかちょっと興味があるかも」と思える人であっても、こちらからライクを返すという行為のハードルが高すぎる。マッチングしたところで、見ず知らずの他人とチャットで会話することのストレスを考えると、「無理」以外の感情が湧いてこない。Tinderの住民からすれば、こんな初歩中の初歩の段階で足踏みしている自分はさぞかし愚図に見えるだろう。ライクを返すのは置いておいて、自分の住む場所から10km程度以内にこのアプリを使っている人がいるのかどうか気になって探してみた。意外にも、いる。ところが、慣れない操作を誤って1km先にいるらしい人にうっかりスーパーライクというものをしてしまい、あろうことかマッチングしてしまった。そこからはもう大慌てで、30秒経つか経たないかくらいの間にアカウント削除に至った。とても無駄な時間と、無駄な2,500円を浪費してしまった。勉強代だと思うしかない。かなりの自己嫌悪に苛まれながらも、見ず知らずの人間達のプロフィールを見るのは少しおもしろくて、自分と関わりがないだけで世の中には色々な人がいるんだなという学びにはなった。

2024/02/21 Wed.

 観念して履歴書とエントリーシートを書いた。これ以上は絞り出せないというほど文面を考えて、精いっぱい丁寧に記入した。ハローワークで文章の添削を頼もうかとも思ったけど、去年の今頃もそうした時に「こういう一文を書き足すと良い」と職員からアドバイスされた文章がどうしても言い回しがおかしいように感じられて不服だったので、またそうなるとちょっともやもやするなと思いやめておくことにした。その時はおとなしく従って渋々書き足したけど、頑張って描いた絵に落書きをされたような気分だった。自分から添削を頼んでおきながら不満に思うなんて、こうした傲慢さがいけないんだろうか。父にそのくだりを話すと、「文学部出身なんだからいいんじゃない」「文学士なんだから」となだめてくれた。優しい。

2024/02/22 Thu.

 面接を受けたい職場の紹介状をもらうために、ハローワークへ行く。ところが、募集に対して人が多く集まったので求人が早めに締め切られたとのことだった。1人採用するところに7人の応募があったそうで、「(次からは)早めに応募したほうが良いですよ」と言われた。そういうこともあるのか。そうなんですね、分かりました、ありがとうございましたと言ってハローワークを出た。受かった時の未来をなるべく想像しないように努めていたから今回は泣かずに済んだけど、なかなかショックだった。もし面接試験を受けられていたとしても、それで不採用だったらやっぱり堪えるし、他に7人も応募者がいれば私みたいなのが受かるはずもない。それでも、今度こそと願いながら書いた履歴書とエントリーシート、社会復帰したくてハローワークに出向いた勇気、この仕事なら自分にもできるかもしれないと思った期待、今度こそは働けるかもと思ったり逃げずに面接を受けたりできるようになるまでに取り組んできた何年もの治療、新しく買い直した就活用のシャツやパンプス、そうしたものが全部無駄になった気がした。ひょっとしたら働いて「社会人」になれるかも、働いていない罪悪感から解放されるかも、貯金をしていつかは親から自立できるきっかけが作れるかも、働くことができればこの先も生きていけるから自殺しなくて済むかも、抑えていても膨らんでいたそうした空想が全部遠のいていく。あーあ。
 家に帰ってからやけ食いでもしようと、コンビニで食べ物を買い込んだ。レジを打ってくれた店員さんがにこにこと親しげな笑顔で接客してくれて、妙に救われる心地だった。私は人と接することに過剰な不安や疲労を伴うので人との交流を避けがちだけど(働いていないのもそのひとつ)、人との関わりによって癒されることが自分にもあるのだと新鮮に思えた。帰宅して、こういう食べ方は良くないと分かっていながらもおにぎり2個、クレープ、プリン、チョコドーナツをむしゃむしゃ食べた。食べ終わると案の定ますます自己嫌悪。同じような行動を取る他人に対してはそんなことを微塵も思わないのに、自分に対してだけは「死ねばいいのに」と強く思う。
 今日一日をせめて楽しい気持ちで塗り替えたくて、撮り溜めていたドラマ「作りたい女と食べたい女」のシーズン2を観た。すごく良いドラマだった。恋愛もののドラマというものをまともに観たことがなかったし、なんとなく自分向けのコンテンツではない気がして楽しめるものだとも思っていなかった。しかし、「恋愛ドラマっておもしろいものだったのか」「世の中の人はこういう風に恋愛ものというジャンルを楽しんでいたのか」と思い、恋愛がテーマとなった映像作品の魅力を初めて理解することができた。登場人物達の関係性の変化に一喜一憂したり、感情移入したり、なるほどこれは楽しい。異性愛のものではおそらく自分がこうして楽しめることはないと思うけど、フェミニズムの要素ががっつり盛り込まれた、安心して観ることのできる性的マイノリティの物語だからこそ、初めて恋愛ものの作品を楽しむことができている。また、17話での会食恐怖症の登場人物・南雲さんの「食べないでも大丈夫って言ってもらえるのは、すごく心が楽なんだなって気付けました」という台詞も、社交不安障害に長年悩まされている人間としてとても良いと思った。現実でしばしば言われがちな「いつか食べられるようになるよ」「食べられるようになるといいね」といった、励ましを装って食べられない状態を否定する言葉ではなく、食べられない・食べないことがそのまま受け入れられる安心感が表現されていて良かった。もしかすると南雲さんにとっては「人と食べられる状態」になることが幸せなのかもしれないけど、食べられないままでも南雲さんが幸せでいられたら、それはよく似た悩みを抱えている私のような人間にとっては大きな救いになる。22話にあった佐山さんの「いや〜、それは非常にハピネスですね」という言い回しがユーモラスで好きなので、南雲さんが南雲さんのままで幸せになれたら、それは南雲さんの「人と一緒に食べたい」という願いを一視聴者として否定してしまう残酷な期待ではあるものの、「それは非常にハピネスですね」と思ってしまう。何かと理由をつけて人との食事を断り続けている人間として。

2024/02/23 Fri.

 スーパーへ野菜を買いに行くと、生花コーナーにミモザの花が売られていたので、とびきりふわふわのを1本買った。適当な花瓶がないので焼酎の空き瓶に活けたけど、鮮やかな明るい黄色がいかにも春らしさを感じさせて、楽しい気分にさせてくれる。ふくちゃんが興味津々で花の匂いを嗅いでいた。
 ケーキ屋さんで毎年恒例のいちごケーキのフェアをやっているので、いくつか買って帰った。私はこの時期限定のショートケーキと、アーモンドの風味がする生地を使ったケーキを選んだ。前者はレモンっぽい爽やかな風味のクリームと、シフォンケーキよりもふわふわしたスポンジ生地がとてもおいしくて、後者はカスタードとホイップクリームを合わせたクリームと、アーモンド風味の軽い生地がよく合ってこちらもおいしかった。普段食べる機会のない良いいちごがふんだんに使われていて、いよいよ春が来るのだとわくわくしてくる。どの季節も好きだけど、春の訪れには別格の楽しさがある気がする。
 はてなブログProに登録して、ムームードメインでドメインを購入し、あれこれいじった。独自ドメインの自分のWebサイトを持つことに憧れて挑戦しては断念するのを繰り返していて、またしても懲りずにやってみている。Wordpressは難しすぎて無理だったけど、はてなブログなら、デザインも機能も既に整っている。オンライン上に自分だけの家(Webサイト)があるというのはなんだかむしょうに心強くて、安心感がある。今度こそ住みよい我が家を作って安住したい。

2024/02/24 Sat.

 猫のとらふくのLINEスタンプの第2弾を作る作業。ひたすらペイントソフトと睨み合って、作業は結構進んだ。売り上げ狙いではなく私が使いたいだけのスタンプだけど、これを家族のLINEで使えたら、猫達もトークに参加しているようできっと楽しいと思う。
 小学校入学時に買ってもらった学習机をいまだに使っていて、いい加減手放したい。私にとって子ども用の学習机は、働いて自立できず実家を出ることのできない、いつまでも親の「子ども」でいる自分を強く自覚させてくるものだ。丈夫で便利ではあるけど、これを視界に入れて使い続けることがどうにも苦しい。「仕事に就けたら」「大学院に入れたら」学習机を手放して新しいデスクを買っていいと自分に目標を掲げてきたけど、今の状況ではそれらは到底無理だ。親に養われ親に逆らえない子どもとして私は死ぬまでこの学習机を使い続けるんだ、じゃあみじめで情けないから死のうかな、という具合に考えが飛躍してしまうことも少なくない。それならば、そこにあるだけで苦しく感じるものは手放したほうがいいんじゃないかと考え始めた。ところが、まだ壊れてもおらず使えるものを捨てることについて、親を説得できるか自信がない。ごみ処理場へ粗大ごみを持って行くには親に車を出してもらわないといけないし、車に積むのだって一人ではできない。ごみをひとつ捨てるにも親を頼らなければならない人間なのだと、ますます自己嫌悪を募らせてしまう。やっぱり、なんとかしてこの机は処分しよう。エコの観点には反するけど、自分のメンタル面での安定や安心を優先したいし、自分を優先していいのだと心から思えるようになりたい。

2024/02/25 Sun.

 昨日思い悩んだ学習机のことを親に話すと、すんなり話が通って拍子抜けした。ただし、学習机は処分せず、親のパソコンデスクとして第二の人生を送ることになった。一万円しない価格の組み立て式のシンプルなデスクと、ハンガーラックも10年以上使ってついに先日壊れたので、一緒に新しい物をネットで注文した。
 天気も良かったので、8,000歩ほど散歩した。梅はもう散り、菜の花、なずな、ほとけのざ、オオイヌノフグリ、たんぽぽ、水仙、ムラサキハナナなどの花が咲いていた。途中でホームセンターに寄り、じゃがいもの種芋を買った。去年植えたじゃがいもは地上部が腐って枯れ落ちてしまったので、今年またリベンジしたい。

週間日記(2024/02/12-02/18)

2024/02/12 Mon.

 『くらしのアナキズム』(松村圭一郎、ミシマ社)を読み終わった。すごくおもしろい本だった。去年は本がめっきり読めなくなってしまって、月に一冊も読まない時があり、本好きというアイデンティティをなくしてしまったかとすごく焦ったし落ち込んだ(読書は冊数を稼げばいいというものではないけども)。ところが、今年に入ってから4冊も本を読み終えることができた。小難しい専門書ではなく、なるべく読みやすそうな本を選んでいるというのもあるけど、また活字を読んで楽しめるようになったことが本当に嬉しい。

2024/02/13 Tue.

 zoomで2回目のオンラインカウンセリングを受けた。まだあまりこれといって手応えがないけど、まずい感じはしないので続けてみたい。カウンセリングの最中にメモを取っていいものか訊き損ねていて、いつもカウンセリングが終わってから内容を思い出して書き起こしている。精神科で臨床心理士の先生にカウンセリングを受けていた時もそうしていたけど、その頃よりもメモの量が格段に少ない気がして、自分の記憶力が衰えているんじゃないかと不安になる。まあ、記憶力が上がってはいないだろうな。
 明日のバレンタインにかこつけて、チョコレートのシフォンケーキを作った。しっとりふわふわの焼き上がりで満足。

2024/02/14 Wed.

 日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル)の演奏会を聴きに行った。曲目は、モーツァルト作曲の歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調、ベルリオーズの幻想交響曲だった。1曲めのモーツァルトと、ヴァイオリンソロのアンコールは知らない曲だった(ファジル・サイ作曲「クレオパトラ」という曲らしい)。メンデルスゾーンは、聴いてみるとすごく聞き覚えのある曲だった。幻想交響曲は大好きな曲なので、これを聴きたくて今日の演奏会に来たようなもので、生のオーケストラで聴くと一層おもしろかった。普段聴くCDでは分からない、「このパートはこういうことをやっていたのか」と分かる感覚もおもしろく、4楽章の後半と5楽章の最後でパーカッションが大暴れしている辺りは特に楽しかった。この曲についてベルリオーズ自身が書いた説明がパンフレットに紹介されていた。

 病的な感受性と激しい想像力をもった若い芸術家が、恋の悩みに絶望してアヘン自殺を図る。しかし服用量が少なくて死に至らず、奇怪な一連の夢を見る。恋する女性は1つのメロディーとなって何度も彼の前に現れるが、ついに彼は夢の中で彼女を殺し、悪魔の饗宴に身を置く。

 個人的に「神経質で内向的でプライドの高いインテリ青年が夢破れ恋に破れ悩み苦しみ憂鬱、苦悩、煩悶、葛藤など鬱屈とした感情をこじらせた挙句精神に異常を来たしやがてゆっくり破滅に向かっていくような文学作品」がとても好きなので、曲を聴いたのはもちろんのこと、作曲家による説明書きを知ることでますますこの曲が好きになった。アンコールも同じくベルリオーズ作曲の「ラコッツィ行進曲」で、曲名は知らなかったけど、曲自体は聞いたことのあるものだった。オーケストラを見たり、オーボエの音色を聞いたりするとやっぱりまだそわそわ、ざわざわするものがあるけど、それでも演奏会を楽しめたのは良かった。

2024/02/15 Thu.

 ゆうちょ銀行のアプリを起動すると、障害基礎年金の遡及請求した分(5年分)と、今月と来月の分を合わせた金額が振り込まれていた。自分の口座にこれだけの額があるのは久し振り、ともすると初めてかもしれない。これでオンラインカウンセリングを続けられるし、皮膚科にも行ける。医療ってお金がかかるな。穀潰しの自分が生きていくのにお金が発生することに申し訳なさを覚える。そう思わせてくる社会への憎しみで、なんとか生き延びてやりたい。「生きるのにはお金が要るけど、生きているとお金が入ってくることもある」と母がいつか言ってくれたのを思い出した。本当に、生きているとお金が入ってくることもあるなあ。
 歩いてスーパーまで買い物に行く。菜の花が満開だった。
 『死ぬまで生きる日記』(土門蘭、生きのびるブックス)を読み終えた。ずっと気になっていた本だけど、カウンセリングを受けて良い方へ変化していく人に嫉妬しそうで読めずにいて、最近自分もオンラインカウンセリングを始めたので気持ちに少し余裕が生まれてようやく読むことができた。すごくいい本だった。自分がカウンセリングを受けた時のことは四コマ漫画に描いていたけど、人のカウンセリングの様子を知るのもまた新鮮でおもしろい。なるほどと頷く箇所があったり、共感して涙が出るくだりがあったり、深い内容なのにすっと読める作品でとても良かった。人それぞれとはいえ、自分はこれからこういう充実したカウンセリングを受けられるんだろうか。著者のように変化できるだろうか。度々出てくる「宿題」をぜひ参考にしてみたい。

2024/02/16 Fri.

 昨日読んだ本に影響されて、「今日あった3つのいいこと」を書こうと思っていたのに、夕べは睡魔に負けて寝てしまった。夜になると眠くなって自然に寝つけることの喜びやありがたさはつい忘れがちだけど、「自分は自力で眠ることもできなくなってしまったんだろうか」と不安になりながら導眠剤を飲んでいた頃の自分からすれば、どんなに羨ましいことだろう。
 朝から洗濯機を3回回して、その間に家じゅう掃除機をかけ、猫の皿を洗ったりトイレの砂を替えたり、観葉植物と庭の鉢植えの水やりもして、せっせと動き回ることができた。働いていないことに罪悪感があるので、こうして家のことをちゃんとできる日は少し安心する。
 読んだ本のメモや引用を、パソコンで入力した。丁寧なアナログの読書ノートをつけることに強い憧れはあるものの、書き写したい内容が多すぎて手書きだとかなりの手間になるので、結局Wordのファイルにがたがたと打ち込むのが一番合っている気がする。
 残っていた生クリームを使って、チョコレートサラミを作った。くるみとマシュマロを入れて、見た目はともかく味はおいしくできた。

2024/02/17 Sat.

 午前中はせっせと家事をする。
 一昨日読んだ本に影響されて、なんとなく食指が動かなかった認知行動療法を見る目が変わったので、アプリを入れて取り組んでみようと思った。ところが、「認知行動療法」と検索して出てくる有名どころのアプリ2つはどちらもAIとのチャット相談を売りのひとつにしているらしく、AIごときに訳知り顔で意見されたくないなと反発心がもたげてしまう。しかも、片方のアプリには「公認心理士」という誤字があり、これがまた癪に障る。一応インストールしてちょこちょこ操作してはみたものの、なかなかお高い課金プランでないと大した機能は使えず、すぐにアンインストールした。
 『暮らしの図鑑 フィンランド時間』(吉田 Öberg みのり、⁠⁠翔泳社)を読み終えた。載っている写真がどれも美しくて、見ていて楽しかった。

2024/02/18 Sun.

 熊本市内へ遊びに行く。熊本駅前から通町筋まで市電に乗ろうと思ったら、熊本城マラソンの影響により今日だけ16時まで運休だった。そんな。代わりのバスは出ているらしいけど、バスって乗り場がややこしくて苦手だし、バス乗り場には大勢の人が次の便を待っている。これに自分がすんなり乗れる訳がない。Google Mapを見ると、絶対に行きたい上通の長崎書店までは徒歩40分とあった。昼過ぎまでアミュプラザだけで時間を潰すのはもったいないと思い、意を決して歩くことにする。市電の線路に沿って歩いていると、向かいから来た人に「熊本駅はこっちの方向で合ってますか」と訊かれた。合ってますよ、市電の線路に沿って行くと着きますよと精いっぱいにこやかに答える。基本的に人と話すことには苦手意識があるので、スムーズに回答できたかは怪しい。さらに少し歩くと、また別の人から同じ質問をされた。さっきと同じ内容を返して、今度は別れ際に「お気を付けて」と付け加えた。よく知らない土地で道が分からない時にどれだけ困ることか、その苦しさはそれなりに知っているつもりなので、どちらの人も無事に辿り着けているといいなと思う。「優しそう」だか「道を教えてくれそう」だか、「この人なら大丈夫だろう」と見做されて見ず知らずの人から道を訊かれるのは、結構嬉しいかもしれない。私は地図を読むのが苦手だし、口頭で説明するのも下手だけど、なんだかいいことをしたような気分になれてこちらのほうこそお礼を言いたくなる。それにしても、都会の花壇は花が丁寧に植えてあっていいな。色とりどりのビオラ、ムスカリ、ヒヤシンス、水仙、雪柳の花が咲いていた。私が住む田舎でよく見る、伸び放題のツツジの隙間からイネ科の雑草が生い茂っているような草むらとはあまりにも違いすぎる。
 無事に私も目的地の長崎書店に辿り着く。本棚のあちこちにおもしろそうな本が並んでいるうえ、私の大好きな『庭仕事の真髄 老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭』や『意識をゆさぶる植物 アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性』などの本もあって、センスがいいなあと思う。こんな本屋さんが地元にあったらどんなにいいだろうと思う。散財が止まらなくなるのでそれはそれで困るけども。気になっていた『差別はたいてい悪意のない人がする』(キム・ジヘ、大月書店)と『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』(葉山莉子、タバブックス)、我が家の猫達に似た猫が描かれたポストカード2枚を買い、ほくほくしながら店を出る。
 早めにお昼ごはんを食べようと思い、近くのドトールに入る。カフェや飲食店の中でも、ドトールは良い意味で敷居が低くて助かる。大学時代に就活の合間によく食べていた、ツナチェダーチーズのホットサンドを注文。本当はコーヒーが飲みたかったけど、出先でお腹を壊すとまずいので飲み物はアイスティーにした。コーヒー、大好きなのになあ。腸だけがカフェインを受け付けてくれない。店内の隅っこにある奥まった席を見つけて、とてもありがたく思いながら座る。社交不安障害の症状は昔と比べて随分ましにはなったけど、やっぱり人目につかないほうが格段に落ち着く。
 Newsの3COINS+、HAB@のスタンダードプロダクツを覗いて、猫用のトンネルを探した。見つからなかった。家にある物はふくちゃんが遊び倒してぼろぼろになっているので、いい加減買い替えてやりたい。
 COCOSAでやっていた「スイーツと珈琲とうつわ」で、バーチ・ディ・ダーマらしきチョコクッキーと、狼のイラストがパッケージにプリントされたドリップコーヒーを買った。ゲーム「魔法使いの約束」が大好きなオーエン推しの人間としては、これは買わずにはいられなかった。化粧品のお店の傍を通り過ぎて、そろそろ詰め替え用を買わないといけないフェイスパウダーを買おうか迷って買わなかった。容姿に並々ならぬコンプレックスを抱いているので、きらきら眩しい街中の化粧品売り場に足を踏み入れるのが難しすぎる。
 カリーノ下通の蔦屋書店を物色する。欲しい本を店内の検索機器で探そうと思ったら、機械は撤去されており、TSUTAYAのアプリに置き換わったとの貼り紙がしてあった。滅多に来ない店舗のためにわざわざアプリをその場でインストールするのが面倒くさすぎる。何でもデジタル化すればいいってもんじゃないんだぞ、デジタル大臣にもそれ言ってやりたいな。内心腐りながらアプリを入れて、検索する。欲しい本の在庫はなかった。KALDIを眺め、@cosmeストアに行くも、またしても化粧品を買い渋り退散。1,000円代の本はお手頃価格だと感じるのに、顔にはたく粉に1,000円も2,000円も出すのがためらわれる。お金をかければ劇的に改善されるような面じゃないし、本は読んで楽しめるけど、フェイスパウダーは別に楽しくもなんともない。私は外見よりも中身に出資するのだと哀れにも強がってみている。本屋さんに入ると水を得た魚になれるのに、きらびやかなデパコスのフロアやレディース服売り場を通るとなると、地上に出てきてしまったモグラの気分になる。
 そろそろ熊本駅に向けて歩き始めないとな、でもさすがに足が疲れたな…と思っていた所、並んで停められたシェアサイクルサービスの真っ赤な自転車が目に留まった。検索してみると、熊本駅前にもポートがある。自転車は多分乗れる。歩くのはもう疲れた。思いきってこの自転車を利用してみた。慣れない電動アシスト自転車は重くて漕ぎにくかったけど、なんとか駅前まで辿り着いた。90円の利用料金と引き換えに、時間と体力を節約できた。こういうものがあるから、やっぱり都会っていいなあ。
 電車に乗るまでまだ時間があるので、ステラおばさんのクッキーでクッキーを10枚、キタノエースでミルクジャムを買った。座って休憩したくなり、シアトルズベストコーヒーでレモンのイタリアンソーダを飲んだ。疲れた時の炭酸っておいしい。
 帰りの電車に乗り込み、運良く席に座れたと思ったらたちまち満員になった。他人との距離が近くて、人間が密集している光景に息が詰まりそうになる。前言撤回、都会なんか羨ましくない。こんなものに毎日乗っていたら心が荒んでしまう。薄くて持ち歩きやすいからと選んで持ってきたオルダス・ハクスリーの『知覚の扉』を読み始めると、隣に座っている人も何かの本を取り出して読み出した。見ず知らずの他人と並んで読書をしているのがなんだかユーモラスというのか、おかしく思えておもしろかった。何の本を読んでいるのかとても気になったけど、もちろん尋ねる勇気などないので、大人しくハクスリーの述べるカーネーションや服の皺についての評を目で追った。
 夜、さっそく『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』を読む。本の帯にある「恋をした」という文字を店頭で見落としていて、しまった、男女の恋愛ものは苦手なんだよな、ととっさに思う。それでも、この本は読みやすくておもしろい。男女の恋愛ものが苦手な理由について、今の日本社会がシスヘテロ同士の恋愛こそ至上のものだとみなしていて、そうでないマイノリティの恋愛あるいは恋愛をしないあり方を尊重できていないことが、私のこの苦手意識の由来する所だと思う。シスヘテロの男女は結婚できるし、婚姻制度を利用できない/しない人々が晒される差別や偏見を向けられることもない。特権階級への個人的なやっかみと言えばそれまでだけど、もっときちんと考えて言語化したら、自分でも納得のいく理由を形作ることができるような気がする。
 本を半分近く読んで、今日の日記を書く。さっそく影響されて、こういう長い日記になった。

週間日記(2024/02/05-02/11)

2024/02/05 Mon.

 人と話すことがあまりに苦手なので練習しようと思い立ち、見ず知らずの人とランダムに通話できるアプリをインストールして話してみたものの、これが大失敗だった。相手は自分の年齢より親の年齢に近いおじさんで、ひたすら持論を展開するおじさんのマンスプレイニングに相槌を打ち続ける羽目になってしまった。しかも、出会い系ではないので露骨に性的な話題は禁止だというアプリのルールを素直に信じた私が愚かだった。色っぽい会話を楽しみたいおじさんと、他人と話す経験値を積みたい私とではまるで需要が噛み合わない。そのうえ、まだ話したがっているだろうと思われる相手との会話を切り上げる会話のスキルを私が習得できていないことが災いして、おじさんが話し飽きるまで延々と気のない返事を繰り返した。通話が終わるとぐったり疲れて、この世で最も不毛な30分を過ごしてしまったと激しく後悔した。こんな不愉快な思いをしてまで練習するくらいなら、話すのが一生苦手なままでいいやと思えるほどだった。その点では、現状の自分を受け入れられるようになるきっかけのひとつくらいにはなったかもしれないけど、あまりに嫌な体験だったので、なんだか心の内側に汚い物がべったり貼り付いたような気持ち悪さを覚えている。馬鹿なことをしたなあ。

2024/02/06 Tue.

 スーパーへ買い物に行ったら、顔見知りの店員さんに話しかけられた。こちらはやはり話すことに苦手意識があるので、やや挙動不審気味になってしまった感は拭えないけど、「久し振り」「元気?」と親しげに気遣ってくれるのがくすぐったくて嬉しかった。数年前まで知り合いに遭遇することをあれだけ不安がっていた私が、知り合いに話しかけられて嬉しさを覚えたというのもまた嬉しい。人に優しく接してもらえたのが本当に嬉しくて、昨日のぐちゃぐちゃになった気持ちが癒えたような感じがした。

2024/02/07 Wed.

 美容室に髪を切ってもらいに行った。私のメンタル系の病気について「元気そうに見える」「病気に見えない」、「今は相手の受け取り方次第で何でもパワハラ、セクハラになる」「男性ばっかりだとそうでもないけど、女性ばかりの職場は雰囲気が悪くなる」等々、もやもやする発言がいくつもあってげんなりした。もし他にもっと良い美容室があればそっちに通いたいけど、地方で車を持たないとなると選択肢はごく限られる。これはもう選挙と同じだと考えて割り切ることにした。ベストな候補はいなくても、ベターな候補、まだましだと思える候補を選ぶ。カットやシャンプーの技術、値段、美容師さんの人柄、家からの距離など諸々の条件を総合して比較すると、やっぱりここの美容室が一番通いやすい。気持ちはもやもやしているけど、襟足を少し刈り上げてもらって髪はすっきりした。
 夜に散歩。5,000歩ほど歩いて達成感。

2024/02/08 Thu.

 朝、自分で髪をブローすると、昨日はいい感じだった頭が古代ローマの皇帝みたいな髪型になってしまった。前髪を分けた状態をなんとしてもキープしなければ。
 『くらしのアナキズム』の続きを読んだ。今まで社会から刷り込まれてきた価値観がひっくり返されて、なるほどと頷く内容ばかりでとてもおもしろい。
 今日も夜に少し散歩。

2024/02/09 Fri.

 障害基礎年金の年金支払通知書が届いた。支払われる具体的な年金の額が書いてあって、遡及請求した分と合わせて初回は約410万円もらえるらしい。びっくりした。その後は、偶数月に13万円ずつもらえるようだ。家計を圧迫する罪悪感からいくらか解放されて、自分で自由に使える一定の額が確保できるのは本当にありがたい。これでオンラインカウンセリングを継続できる。何よりも、「働けないから生きていけない、じゃあ死ぬしかない」という強迫観念が和らぎ、「この先も生きていけるかもしれない」と前向きに感じられるのが嬉しい。ただ、毎月6,7万円という額では自立した生活など営めるはずもなく、やはり家族に扶養されることなしに生きる選択肢は用意されていないのだなと感じた。私はたまたま親との関係が良好だったけど、もし親を頼れない場合はこの額でどうやって生きていけというんだろう。
 いつまいたのか忘れたレモンの種が芽を出していた。アゲハチョウの餌食になるのが嫌だから屋外での栽培はしないつもりだけど、もし家の中でレモンが収穫できたら最高だな。庭のすみれやシクラメンも次々に花を咲かせている。
 夜、指揮者の小澤征爾さんが亡くなったことを父から聞いた。父は演奏会の本番などではステージに楽譜を持ち込まず、暗譜して指揮をする。祖母(父の母)いわく、小澤征爾さんのやり方に倣っているらしい。楽譜を2ページめくってしまって焦った経験があるからだと父自身は言っていたけど、父が高校時代まで過ごした部屋には小澤さんの写真が額に入れて飾ってあったので、祖母が言うことも合っているのかもしれない。

2024/02/10 Sat.

 洗濯をしたり掃除機をかけたりと家事をやっつけた。お昼にありあわせの材料でトマトソースのオムライスを作った。
 少し遠いスーパーに行ったら、地元産の白菜やキャベツ、蓮根などの野菜がたくさん売られていた。ここのスーパーの野菜売り場はいつも季節感があっていい。いちごはまだ高かった。
 夜、両親がそれぞれ飲み会へ行ったので、湯船にお湯を張ってたっぷり長風呂を楽しむことにした。ノンアルコールの檸檬堂、クナイプの入浴剤(レモングラス&レモンバームの香り)、キャンドル、チャック付きポリ袋に入れたスマホを持ち込んで、1時間ほど湯に浸かっていた。静かなBGMを流して、薄暗い浴室でゆらゆら揺れる炎を眺めていると、かなりリラックス効果があるように感じた。キャンドルの火は割とすぐに消えてしまったし、檸檬堂も量が多くて飲みきれなかったうえ、結局スマホでTwitterを眺め出したので台無しではあったけども。夜はキューピーコーワヒーリングを飲んで寝た。

2024/02/11 Sun.

 用事で遠出する。日頃出かけるのは地元のスーパーや病院くらいなので、おでかけ用の服を着て山を越えた先に出かけられるのがとても嬉しい。今年はよくスカートを着ている気がする。山の民だから、普段見ることのない海を眺めてはしゃいだ。ハマボウフウらしき植物が生えていて、これも私にとっては珍しかった。時間があれば砂浜に下りて貝殻でも拾ってみたかったけど、あまりに風が冷たかったのもあって断念した。大きいサービスエリアに寄るのもわくわくする。サービスエリアで売っている食べ物って、なんであんなにおいしそうに見えるんだろう。たこ焼きを買って食べたら、生地の表面がさくっとしていておいしかった。久し振りに梅ヶ枝餅も食べた。一人で九州国立博物館と太宰府天満宮へ行った時に、梅ヶ枝餅を買い食いしたのがとてもおいしかった思い出がある。いつかはまた一人でどこかへ旅行してみたい。