苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2024/05/06-05/12)

 

2024/05/06 Mon.

 サイズアウトして着られなくなった服や、何年も着てさすがに着古した服、まだ着られるけど好みが変わってもう着ないだろうと判断した服などを処分した。資源ごみの大袋2つに詰め込んで、たんすやクローゼットがすっきりした。物を収集し溜め込むことに幸せを感じるオタク気質の人間としては、物を捨てるという行為に対して若干の抵抗があるものの、捨てても困らない物を探し出して処分するというのは結構爽快感のある作業なんだと気付いた。そのうち本や雑貨、手芸用品についても断捨離ごっこをしてみたい。

 近所の売り家の庭に、スイカズラの花がたくさん咲いていた。かがんで香りを嗅ぐことはしなかったけど、良い香りがするんだろうな。

 なんとなく使ってみたくなって、メンタルヘルス系のアプリをいくつかインストールしてみた。多分続かないだろうとは思う。

 臨床心理士を目指すのは、やっぱり諦めようかという気になってきた。どうしたって無理だ。私なりに色々なことをたくさん考えてきたつもりだけど、私が他人の気持ちを想像するのは自分の意思や性格によるものというより、社交不安症の症状からくるものだという気がしてならない。そうなると、やっぱり自分に必要なのは心理士になるための勉強ではなく、治療だと思う。今後の大学と大学院の学費を払っても心理士になれなかったら、今度こそ取り返しがつかないくらい絶望しそうだし、そもそも自分が心理士として働いているイメージもすっかり湧かなくなってしまった。プレッシャーに押し潰される未来しか見えない。勉強だって今の自分には全然できないし、もうそろそろ諦めてもいいかなと、やっと自分の中で気が済んだように思えてきた。ワーキングプアになりやすい仕事と聞くから、もしなれたとしても食べていけるとは限らないし。「やっぱり無理だ」と「やっぱり頑張りたい」を繰り返してきたけど、今度こそ諦めようと思う。文学部の大学生の時に博物館学芸員に憧れて実習を受けた時、現場の学芸員さんから「学芸員に大切なのはコネ」と冗談まじりに言われ、人付き合いや知り合いが怖い自分には無理だと思って諦めた(他にも理由はあったかもしれないけど)。そして今度もまた、社交不安症の症状が邪魔をする。

 どうしても一人暮らしをしたいと思っているものの、だんだん前向きに考えられなくなってきた。以前のような短時間の週3,4日出勤みたいなバイトで、障害年金を受け取りながらなら頑張ってぎりぎり暮らせるとは思う。ただ、一人暮らしをしてバイトとはいえ働いていると、今後障害年金は降りない可能性が高くなる。そうなると、今さら社員になるのは厳しいのでバイトでやっていくにしても、フルタイムで週5日働かないと食べてはいけない。今よりも元気になったとみなされたら、「健常者」と同じ量の労働をしないといけなくなる。到底自分にそれができるとは思えない。そもそも、どうやったら元気になれるのか、治るのかがもうさっぱり分からない。専門機関を受診して治療を続けているけど、「いつか治って働けるようになる」と期待し続けて10年が経った。仕事をしたり、仕事について考えたりしなければ至って元気に生活できているけど、やっぱり働いて親から自立したい。それが叶いそうにないから死にたいけど、死んだら周りに少なからず良くない影響があるので、そう考えると生きていたほうがまだましなので生きている。

 

2024/05/07 Tue.

 庭の鉢植えに水やり。プリベットの白い小さな花がたくさん咲いていて、ふくちが勝手口の窓の網戸越しにくんくんと嗅いでいた。好奇心旺盛なふくちは草にも花にも興味を示す。育てた私に似て植物好きなのかと思うと、愉快な気がする。

 お昼ごはんを食べた後なのに、むしょうに食べたくなってカップ焼きそばを食べた。別にお腹は空いていなかったけど、「食べないとやってられない」といった自棄な感覚があったので、後から自己嫌悪に陥ることは分かっていながら食べた。昨日インストールしたメンタルヘルス系アプリはこういう時にこそ活用すべきなんだろうけど、考えていることや感じていることを言語化してスマホで入力するのがとてつもなく億劫に感じられる。全然やる気が出ない。もう何もしたくないと思い、1時間くらい昼寝をした。

 気力体力が湧かないものの、無理やり身体を起こして晩ごはんを作った。作って食べ終えるとぐったり疲れてしまって、お風呂に入る意欲が完全に失せてしまった。お風呂に入ってさっぱりしてから寝たいけど、もう疲れてお風呂に入る元気がない。お風呂に入らずに寝たら不衛生な感じがして気持ち悪いし、翌日シーツと布団カバーを洗濯するのも面倒。特に何を頑張った日でもないけど、心身が疲弊していて、何のやる気も出ない。AIチャットを売りにしているアプリに「しんどい」「死にたい」「助けてくれ~」などの文字を打ち込むも、テンプレートなぺらぺらの返事しか返ってこず(まあアプリの方もそれ以外返しようがないと思う)、かえってイライラや無力感を募らせる結果になった。ブラウザを開き「お風呂 入れない」などの内容で検索すると、「ぬるめのお湯に浸かって自立神経系を整えるのがおすすめ!」的な的外れにもほどがあるサイトが出てきて、さらに疲労が増す。お風呂で疲れを取ろうにもお風呂に入る元気がない、おしゃれな服屋で服を買ってみたくてもそういう服屋に着ていける服を持っていない、他者と関わって親密な関係を築けるようになったりコミュニケーションスキルを身に着けたりしたくても他者と関わる勇気がない。お風呂ひとつ思うように入れないなんて、自分は本当に駄目な人間だ、働くことも一人暮らしも到底無理だ、この先生きていくこともできないんだ、とどんどん気持ちが沈んでいく。テトリスがメンタルヘルスに良い効果をもたらすと何かで見かけたので、遊び方を知らないままアプリをインストールしてみた。別に楽しい訳でもないけど、なんとなく操作する感覚が気持ちよくて延々プレイした後、なんだか馬鹿々々しくなってきて床から立ち上がり、お風呂に入ることに成功した。寝る支度を終えて日付が変わった頃にようやくベッドに潜り込むと、最近私と一緒に寝てくれなかったとらちがご褒美のように布団の足元に来てくれた。私の足を枕にして寝ているので身動きが取れないけど、温かくてふわふわのかわいい生き物が労ってくれているようで、嬉しく思いながら寝た。

 

2024/05/08 Wed.

 家じゅう掃除機をかけ、庭の鉢植えと自室の観葉植物の水やりをし、いらなくなった本や古い雑誌を片付けた。院試用の問題集も何冊か買っていたけど、とりあえず本棚から出して箱に詰めた。処分の仕方についてはおいおい考えるつもり。10年くらい前に買って気に入って取っておいたファッション誌も、束ねて資源ごみに出すことにした。ここ何年も見返すことはなかったし、好みも流行りも変わったのでもう手放していいだろう。ただ、どこの家の誰のものかバレそうなので、町内のごみ置き場に置くのが気恥ずかしい。

 昨夜のエネルギー切れの反省を活かして、比較的調子の良い時に作っておこうとUpNoteにコーピングリストを作った。昔作ったものはなんとなくコピペしてあったけど、きつい時には見ることもなかった。まずは項目をうんと増やし、さらに難易度ごとに分類してみた。「難易度★☆☆」は「深呼吸をする」「周りをきょろきょろ見回す」といったその場でできることから「ミルクティーやスープなどの温かい飲み物を飲む」「猫を撫でる」とちょっと動けばできそうなこと、「難易度★★☆」は「楽な服装に着替える」「とっておきのおいしいドリップコーヒーを淹れる」「テレビ番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」を観る」など、「難易度★★★」は「シャワーを浴びる」「庭の草むしりをする」「自転車に乗って出かけてみる」など。こういう項目がざっと60個ほどある。コーピングの手段を100個持っておくとと良いとネットで見たので、そのうちまた増やしたい。メンタルヘルス系アプリは全て削除した。今回も飽きるのが早かった。

 夜はホットミルクを飲んでから寝た。ホットミルクを飲むと、眠りの底に引きずり込まれるような眠気がすぐにやってくるのでおもしろい。もう飲まなくなって何年も経つけど、導眠剤を飲んだ時の眠気もこんな感じだったっけと思い出す。牛乳と違って効きは遅かったけど。


2024/05/09 Thu.

 街中に出かけて、うろうろ歩いて買い物を楽しんだ。デパートにあるバルコニーのようなスペース(木がたくさん植えてあって天井がなく、椅子とテーブルがある)で、ハンバーガーやワッフルを食べた。フレッシュネスバーガーのクリスピーチキンバーガーを初めて食べたけど、すごくおいしかった。食べこぼしを狙っているのか、すずめがすぐ近くまで飛んできた。書店で前から気になっていた『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』と『自分の「声」で書く技術 自己検閲をはずし、響く言葉を仲間と見つける』、ハンズでクナイプのバスソルトを買った。バスソルトはスーパーミント、ライムミント、ラベンダーミントの3種類で、メンタルの具合がどうしようもなくなった時、気分を上げるために使う予定。


2024/05/10 Fri.

 IKEAのリラックスチェアに座って読書をするも、20分ほど経つと眠くなってきて、そのままの姿勢で30分ほど寝た。本の内容はためになることが色々書いてあるけど、読者が仕事をしているという前提で書かれている点だけは、無職としてかなりつらいものがある。著者を責めるつもりはないし、実際読者の中には働いている人の方が圧倒的に多いのだろうということは理解している。ただ、働けない自分、働いていない自分に対する自責の念や自己嫌悪、罪悪感、後ろめたさなどを勝手に募らせてしまっている。自分の中で「労働者コンプレックス(労働に従事している全ての人間に対するコンプレックス)」と呼ぶ感情をますますこじらせてしまった。

 自分は臨床心理士を目指さなくて良いんだ、向いていないから諦めて良いんだと思うと、悔しいことにすごくほっとした。自分が思い描く心理士像にふさわしい「良い人間」にならなければいけないという自分へのプレッシャーがなくなり、今のままの臆病でずるくて自己顕示欲の強い、正確の悪い嫌な奴でいられる。別に望んでそういう自分でいたい訳ではないものの、途方もない努力をしなくても良いと思うと肩の力が抜ける。そういえば、高校生の時も自分が考える「良い人」になろうと無理をしていた。「良い人」のイメージが当時と比べれば多少変化しているとはいえ、その頃からまだ自分は変われていないんじゃないかと不安になる。

 占いというものを普段全く信じていないのに、何でもいいから何かに頼りたい、何かに肯定されたいという気の迷いが生じて、星占いか何かのサイトを開いた。バーナム効果もあって最初のうちは「おお、当てはまる所があるな」と楽しく読んでいたものの、「職場の人間関係が今まで以上にスムーズにいき」というくだりで勝手に裏切られたような気分になった。ここでもやっぱりまた、働いていることが前提とされている。あーあ。

 庭のカモミールとサラサウツギの花が咲いた。今日一日だけで猫達の写真を40枚以上撮った。夜はぬるめのお湯を張って長風呂をした。

 

2024/05/11 Sat.

 家事を済ませた後、2時間ほど庭仕事をした。ひまわりと百日草の種をプランターにまいた他は、ほとんど草むしりに徹した。日差しは照り過ぎず、風は気持ちいいし、うぐいすなどの鳥の声も聞こえて、黙々と雑草を引っこ抜く作業は楽しい。やっぱり庭仕事は私にとって最強のコーピングだと思う。

 午後、昨日と同じくIKEAの椅子で本を読む。15分読んで、30分寝た。


2024/05/12 Sun.

 IKEAの椅子で居眠りを挟みながら、『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(山口祐加・星野概念、晶文社)を読み終えた。おもしろく読んだけど、読者が仕事をしている前提で書かれていること(必ずしもそうではないのかもしれないけど私はそう受け取ってしまった)で、勝手にへこんでしまった。いい本だし、本には何も罪はないし、この本を責めるつもりなんか全くない。お店へ服を買いに行っても私が着られるサイズの服が店頭に並んでいない時のような寂しさと、「私も働いたうえで『自分のために料理が作れない』と悩んでみたい」というひがみややっかみ。働いていたら働いていたで、その人その人の悩みや苦しみがあるものなのに。我ながら面倒くさい嫌な人間だなあと呆れる。「そんなに言うなら短時間でも週3日でも働けば」と、誰から言われた訳でもないのに「他人から言われそうな言葉」が想起されてちくちく刺してくる。「ひょっとして働けるかも」と期待して働いてみても、みるみるうちに限界が近付いてきて「やっぱり駄目だった、私には人並みに働くことはできないんだ、この先これから自分自身を養って生きていくこともできないに違いない」と絶望するのを嫌というほど繰り返してきているから、働くことが恐ろしくて仕方がない。労働者コンプレックスから解放されて楽になりたいなあ。

 母の日のプレゼントに、母の好きなちょっと良い栗のお菓子を渡した。「お母さん大好き」はさすがに気恥ずかしくて言えなかったけど、「いつもありがとう」は言えたので良しとしたい。