苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2024/04/01-04/07)

 

2024/04/01 Mon.

 今日から4月。無職なので、年度初めと言ったって別に真新しいような要素は何もない。でも春だからか、今年度こそは何か良い転機なんかがないだろうかと期待してしまう。社会復帰という言葉は好きじゃないけど(働くことと社会に属することがイコールになっているのが納得できない。働いていようがいまいがすべての人は何らかの形で社会に関わっている)、社会復帰を果たすことに憧れてやまない気持ちがある。

 臨床心理士を目指しているという人の投稿をSNSで見かけて、やっぱりいいなあ、自分も目指したいなあと久し振りに思った。通信制大学に編入してみて、とりあえず現在の自分には無理だと思い、その目標を追うのは一時停止ということにしていた。自分がカウンセラーに向いてないと思う点はたくさんある。人と関わること全般に苦手意識があるし、相手の顔色を窺って機嫌を損ねないよう振る舞ってしまうし、その割に「これは言わない方が良かった」「あの時ああすれば良かった」と後になって反省することがとても多い。人に嫌われたり怒られたりすることが怖くて仕方ないのに、自己顕示欲や自己表現したい欲が人一倍強い。どもったり早口になったりで喋るのが下手なので、落ち着いてゆっくりと穏やかに話すということができない。当座の自分に必要なのは治療やカウンセリングであって、少なくとも今はまだ心理士を目指せる状態ではないと思った。ただ、「こういう部分はもしかしてカウンセラーに向いているんじゃないかな」と自分で思うことは時々ある。「もしかしたらこういう事情があったかも」と他人の背景を想像する時、どういうリアクションをすべきか真剣に考えながら誰かの話の聞き役に徹している時、困っていたり悩んでいたりする相手に自分の意見やアドバイスを押し付けないよう気を配りながら話を聞こうとする時等々。こういうことは多くの人がするものだろうけども。遡及請求した障害基礎年金のまとまった額があるので、目指そうと思えば、大学院の学費も学生生活中の生活費も、院試のための塾だってある程度はどうにかなる。足りないのは私の努力と能力だけ。どうしようかなあ。

 

2024/04/02 Tue.

 朝から洗濯機を4回回して、はてなブログとnoteに週間日記を投稿し、昨日の分の日記も書いた。

 昨日思ったことを具体的に考えてみた。お金の問題は、非常に幸運なことに今なら多分ぎりぎりなんとかなる。心理士を諦めて「普通に」働いたところで食べていけるという保証はないんだし、こんな機会は二度とないかもしれない。せっかくチャンスがあるなら、諦めきれずにいる目標を追いかけてみてもいいんじゃないか。やっぱり無理だと思ったら途中でやめてもいい。前向きな気持ちになっている今だけでも頑張ってみようかな。何か変な物でも食べたのか、そういう具合に妙な元気が出てきてしまった。オンラインカウンセリングで「一人暮らしをしたい」と本音を漏らした辺りから、どうにもそういった方向のやる気が湧いてきているらしい。

 まずは、とりあえずのモチベーションとして今年の7月に心理学検定を受けてみる。そのための勉強に取り組むことができるようだったら、先に進んでみようと思う(できなかったら、その時はその時でまた改めて考える)。心理職として働く際には必要であろう公認心理師の資格が取れる大学に編入する。そうすれば、夢の一人暮らしも叶うし、通信制のカリキュラムでは心もとなかった実習や実験もきちんと学べる。そして大学院に進んで、臨床心理士と公認心理師の資格を取り、5年後の今頃には心理職としてどこかで働き始める。理想通りにうまくいくとは限らないし、心理学検定を受ける頃にはもう「やっぱり何もかも無理だったんだ」と早々に挫折している可能性だってもちろん大いにある。でも、この計画を思うとひとつ頑張ってみようかという気になれるので、それだけでも意味がある気がする。「働けないから生きていけない、死ぬしかない」とずっと思ってきた自分が、未来のことを建設的に考えられるようになったということ自体、私にとっては希望に思える。「やっぱり駄目だ」と「もしかしたらやれるかも」をこの先もきっとたくさん繰り返して、それで最終的にどういう方向に進んでいくかは分からないけど、とりあえず2024年4月時点の自分が進みたいと思う方向へ歩いていってみようと思う。先のことを悲観せずに考えられるという状態がこんなにも幸せなものなのだということを思い出せて良かった。

 

2024/04/03 Wed.

 久し振りにヒルガードの心理学を引っ張り出して、2時間ほど読んだ。最初の30分が経つと眠くなってきて、やっぱり自分には勉強は無理なのかと情けない気持ちになったけど、少し身体を動かしてから再開したら眠気はどこかへ行ってくれた。通信制の大学では学べなかった生理学的な分野の解説を読んで、理科に対する苦手意識はありつつも新鮮だった。人間の脳というものは複雑でおもしろい、と素直に思えたことが嬉しい。日本語ではあまり見ない、英語圏のものらしい言い回しもおもしろかった。私はとにかく数学及び理系の科目が大の苦手で、物理や地学よりは数字と計算が少なそうだからという理由で高校の理科も生物を選択した。そこでも結局数学からは逃げきれず、メンデルの豆がどうの遺伝がどうのの計算ができずに、試験で赤点を取った覚えがある。大学の文学部に進んで、理系科目と完全に縁を切ることができたと思った時は本当に嬉しかった。なのに、今度は生物学とは切っても切れない関係にある心理学、そればかりか統計学という途方もない強敵にまで無謀にも挑もうとしている。人間の心って不思議だな、と思うしかない。

 当座の仕事にありつくための面接の練習をする。面接で尋ねられそうな質問に対する応答の文面をいくつか考えて、それを暗記しようとした。緊張で平常心じゃなくなってもそらんじることができるように、しっかり覚えておきたい。ところが、面接を想定して暗唱してみるも、自分の話しやすいペースで話すとどうにも滑舌が悪く、噛んだりどもったりしてしまう。自分はこんなにも話すのが下手だったのかと驚くほどだった。自分ではそうは思わないけど、人が聞いたら結構な早口なんじゃないだろうか。そうでないと説明がつかないと思うほど下手な話しっぷりで、どうしようかと焦る。とにかく滑舌をなんとかしようと、ネットで見つけた「外郎売り」の文章を何度か音読してみるものの、必要なのは多分これによって身に着くものではなくて、ゆっくり話す練習の方だと思う。落ち着きのあるゆったりとした話し方にはすごく憧れるけど、どうやったらそのように話せるようになるんだろう。

 美容室に電話をかけて、カットとパーマの予約をした。パーマをかけるのはちょうど10年ぶりだ。2時間も美容室で過ごすことに耐えられるだろうかという不安はあるものの、自分の容姿にまつわる並々ならぬコンプレックスをどうにかやり過ごして、自分がこうなりたいと思う髪型を目指そうとしている勇気は我ながら褒めてやりたい。苦手な電話をかけたことも。

 

2024/04/04 Thu.

 Spotifyで「大和田慧と安達茉莉子のもちよりRadio」の「5-2 私たちは変化を恐れる生きもの」の回を聞いていたら、「変化を選んで後悔したことはない」という言葉が出てきた。あああ、そんなことを言われてしまったら、自分は変化を選んでしまう。

 2時間ほど、ヒルガードの心理学とオリヴァー・サックス『幻覚の脳科学 見てしまう人びと』を読んだ。サックス先生の本は本当におもしろいので、『妻を帽子をまちがえた男』もそのうち読んでみたい。

 

2024/04/05 Fri.

 昨夜は猫達が2匹ともベッドに来てくれた。とらふくはそれぞれ来て私の掛け布団の上に寝ることはあっても、2匹同時にいるということは今までなかったので珍しいし、何より嬉しい。少し経つとふくちがとらちにじゃれかかって、とらちが逃げてしまったけど。

 ヒルガードの心理学を1時間ほど読む。ここから日々の勉強時間を増やしていけるだろうか。スタディプラスのアプリもまたインストールした。

 夜、録画していたテレビ「ブリティッシュ・ベイクオフ」を観た影響で焼き菓子を作って食べたくなり、シュークリームを作った。シュー生地は、焼きたてこそいい具合に膨らんでくれたけど、オーブンの扉を開けないまま冷ましているうちにいくらかしぼんでしまった。でも、味は我ながらとてもおいしくて、甘くないシューととろりと甘いカスタードクリームの相性が抜群だった。夜中にお菓子を作って食べるというのは背徳感や特別感があって、格別に楽しくておいしい。なかなか起きていられないので難しいだろうけど、深夜にお菓子やジャムを作るという行為に妙な憧れがあるので、いつかはやってみたい。

 

2024/04/06 Sat.

 羊文学の音楽が気になっていて、YouTubeで何曲か聴いてみた。楽器の音もボーカルの声も心地良くて、「more than words」が特に好きな感じだった。コミュニティサイト「She is」が作ったSpotifyのプレイリストで「砂漠のきみへ」を聴いて以来、そのうち他の曲も色々聴いてみたいと思っていた。親から刷り込まれたジャンル(クラシック音楽)でない音楽を聴いていいなと思えるのは、親とは違う自分の個性が確立されたような感覚がしてちょっと嬉しい。

 ABEMAでアニメ「刀剣乱舞 廻 -虚伝 燃ゆる本能寺-」の第一話を観た。銀河英雄伝説のOVA以外のアニメを観るのが久し振りで(と思ったけど、アイドルマスターシンデレラガールズU149も観ていた)、アニメ鑑賞といういかにもオタクらしい行動を取っていること自体が楽しく思えた。大勢の刀剣男士達が動いて喋っている新規の映像を見られるのは純粋に嬉しかったし、布団を干したり、とうもろこしの髭をむしり取ったりといかにも人間らしい生活をしている推しも拝めて良かった。最近は毎日ゲームにログインこそしていてもノルマのように遠征と内番しかさせていなかったので、ちゃんと出陣させてあげたくなる。刀剣乱舞をプレイしている人達はよく本丸に「帰る」という言い方をするので、それがすごく良いし、分かるなあと思う。たとえゲームの世界であっても、自分が帰る場所があると思えるのはなんだか安心する。一番好きな男士は我が初期刀歌仙兼定だけど、最近Twitterで話題になっていた「結婚したい刀剣男士ランキング」の個人的な一位は石切丸だと思った。本邦の結婚制度に反対している現実はさておき、あのおおらかさ、包容力、おっとりとしたマイペースさ、御神刀としての貫禄、ちょっと抜けた所のあるかわいい性格、最高じゃん!友達になりたい刀剣男士ランキングだったら、歌仙、古今、南海太郎が個人的ベスト3かな。文系、文系、理系。

 珍しく映画を観たい気持ちになり、いつか観ようと思っていた「そばかす」を観てみた。すごく良かった!どうしてこんな良い作品を今まで観ずにいたんだろうと思うほどだった。以下、ネタバレ有りの感想。

 主人公が実家に暮らしているというのが、個人的にとてもポイントが高い。都会でかっこよく一人暮らしをする女性というのも憧れはもちろんあるけど、同じ実家住みのアラサーとしては、雑然とした生活感溢れる実家で同居家族と揉めたり笑い合ったり、歩み寄ったりすれ違ったりしながら生きている感じがすごく良かった。家族なら何でも分かり合えるという展開じゃないのも良い。家族でも全てを理解して受け入れてくれる訳じゃないというのはがっかりすることではあるけど、家族だからって全部理解し合えなくてもいいんだとほっとする部分もある。児童館で自作のシンデレラを発表する場面は、正直観ていて苦しかった。どうして異性愛者のストーリーは何の疑問もなく「普通」のものとして受け入れられて、それ以外のアイデンティティは悪気なく排除されるのか納得がいかなかった。でもその後の、真帆が父親に気持ちをぶつけるくだりで救われた。いかにも映画の感動的なシーンらしい、よく練られたかっこいい言い回しではない「馬鹿」というシンプルだけどリアルな怒りの表現だったのが、却ってかっこよかった。真帆が結婚するという話を聞かされた時、私は過去に似た状況で「ああやっぱりこの子も”そっち”側なんだ」というやるせなさと疎外感を覚えたので、素直におめでとうと祝福できた佳純はすごいと思う。それから、食卓を囲んで家族で焼き肉を食べている場面、こんなにも正直にはっきりと伝えているのに家族に理解されない場面もやっぱりつらかったけど、その後の「私、もうチェロやめる」という台詞にはもっと泣いた。佳純に楽器をやってほしいという父親の期待(佳純がチェロを好きだったからそう思っているのであって、父親自身のエゴからくる期待ではない)には応えず、昔は確かに好きでやりたいと思っていたことだったけど、今の自分はそうではないと思って「やめる」と決断できたというのがとてもかっこよかった。それに触発されたのか、今の仕事を辞めてやりたい仕事をやると言えた佳純のお父さんもかっこよかった。そして最後の場面、本当に良かった!異性愛至上主義、恋愛至上主義の社会はなかなか簡単には変わらない、万人がすぐに理解してくれる訳じゃない、身近な家族だって分かってくれない。でも私がそのままそこにいるだけでそれが救いになるという人もいて、そうであってもそうでなかったとしても、私は私のままでそこにいていいんだという安心感。時々でも、息ができる瞬間が確かにある。主題歌が流れて、たまたまそれが羊文学による楽曲で、何の偶然かと嬉しく思った。曲も歌詞も、主演の三浦透子さんの伸びやかで透明感のある歌声もとても良くて、映画を観終わってから何回も繰り返して聴いている。「走る、その先に、どんな未来がきたって きっと今ならば目を逸らさないよ」という歌詞が特に好きだ。それにしても、良い作品を観たなあ。

 

2024/04/07 Sun.

 出かけた先で久し振りに八重桜の花を見かけた。桜餅そっくりの花がおいしそうでとてもかわいかった。八重桜のぬいぐるみなんかがあったら欲しいくらいにかわいい花だと思う。

 一昨日シュークリームを作った時の残った卵白があったので、それを使ってラングドシャを焼いた。焼きたてのクッキーというのはふわふわと柔らかくてバターの香りも立って本当においしいので、冷めてさくさくになる前につい食べてしまう。

 隙あらば三浦透子さんの歌う「風になれ」を聴いている。何かが救われて明るい気分になれるような、それでいて泣きたくなるような不思議な曲で、これを聴いていると「大丈夫」だと思えるし、「大丈夫じゃなくても大丈夫」という気もしてくる。覚えてきたメロディーを口ずさんでみたら、自分の音痴具合が全然大丈夫じゃなかった。歌うのって難しい。

週間日記(2024/03/25-03/31)

 

2024/03/25 Mon.

 昨日の県知事選の結果に、地味にショックを受けている。自民党・公明党が推すような人物には絶対に票を入れたくないと思って、まだマシじゃないかと思える方に投票したのに、その自公推薦の人が当選してしまった。あーあ。ポジティブに考えると、反ワク思想や途方もない案を掲げている人が知事にならずに済んだのはせめてもの救いなのかもしれない。確か地元の新聞だったと思うけど、最近の記事に「熊本県は政治的に保守的な人が多い地域で、自民党支持者が多い」といった旨のことが書かれていて、さもありなんと思った。どうりで、社会との間に障害がある人や海外にルーツを持つ人、性的マイノリティの人などに対して差別的な発言をする人が体感として多い。普段とても温厚で優しい人であっても、急にびっくりするようなことを言い出すからその度に悲しくなる。そして、それは差別だとその場ではっきり言えなかった自分に対して、猛烈な自己嫌悪に襲われる。市内に統一教会の新しい支部が近々できるらしいことといい、今回の県知事選の結果といい、家父長制・男尊女卑・レイシズム・セクシズム・排他主義等々てんこ盛りの県らしくていいんじゃないですか。自称左翼の自称フェミニストとしては本当に嫌になる。こんな社会で生きていくのはしんどすぎると思って死にたくもなるけど、高島鈴さんの「生存は抵抗」を思い出してなんとかやる。

 夜、なぜか突然むしょうにイライラが募ってしまい、まだ夕食後の食器洗いが残っているにも関わらず、座ったきり動けなくなってしまった。こんな調子で夢の一人暮らしが実現できるんだろうかと思うと、ますます落ち込む。一時間ほど座り込んで、何ができる訳でもないのでTwitterを眺めていたら、ふくちがのそのそと足元にやってきた。心配でもしてくれたのかと一瞬ぬか喜びするも、ごろごろと喉を鳴らしながら私の足に爪を立てて噛みついてきた。こちらの思惑など一切気にせずマイペースにじゃれてくるふわふわの生命体が本当にかわいくて、猫って最高な生き物だと改めて思った。痛い痛いと言いながら笑ったら元気が出たような気がして、食器を洗い、お風呂と歯磨きを済ませて就寝までこぎつけることができた。

 

2024/03/26 Tue.

 昨夜は私のベッドに久し振りにとらちが来てくれた。温かいふわふわの生き物が私の足元に寝ていて、とてもかわいかった。足に爪を立てられて起こされても、やっぱりかわいい。

 先月挑戦しようとしてし損なった仕事の求人がまた出ていたので、駄目で元々とは思いながらも応募してみた。ハローワークで「この一年間、仕事は?何かされていたんですか?」と訊かれて、やっぱりこの社会は働くこと・働けることがデフォルトとして求められているんだなと痛感させられた。とても「働くことについての不安やネックが多く、働けそうになかった」と正直に言える雰囲気ではなく(私がビビりなだけかもしれないが)、それらしい理由っぽいものを答えてみたものの、どうだろう。こういうことを面接でも訊かれるんだろうな。

 畑のアスパラガスを収穫した。たった2本だけの細いものだったけど、軽く茹でて、ベーコンで巻いてフライパンで焼いてから食べてみたらおいしかった。来年はもっとたくさん収穫できますように。

 IKEAのリラックスチェアに座っていると、ふくちが膝に乗ってきた。すっかりくつろいだ様子で毛繕いをしたり、すやすやと眠ったりして、多分一時間以上は膝にいたんじゃないだろうか。7.2kgともなるとさすがにちょっと重いけど、草むらで拾ってきた当初の170gの体重を思うと、よくここまで育ってくれたと嬉しい重さに感じられる。ふくちお気に入りの膝掛けを身体にかけてやると、さらにぬくぬくと暖かく、こたつにでも入っているかのようだった。やっぱり、気を抜いて心地よさそうに過ごしている小動物が傍にいると、人間もすごくリラックスできる気がする。いいものを拾ったなあ。

 

2024/03/27 Wed.

 学生時代の友人達が夢に出てきた。目が覚めた直後は、実際に自分が経験したできごとの記憶なのかと錯覚してしまったものの、中学の友人と大学の友人が幼馴染みという設定の夢だったので、ちょっと考えれば夢だと分かることだった。数年前の自殺を試みる以前だったら、こういう夢を見るといつも「走馬灯だ」「やっぱり自分は近いうちに死ぬんだ」と夢の内容と自殺とを結び付けていたけど、今なら「脳が記憶を整理しているな」「それにしても懐かしい人が出てきたな」くらいにしか思わない。健康的なことが必ずしも良いことだとは思いたくないけど、健康的な考え方ができるようになってきたのには喜びを覚えてしまう。

 出かけた先で、柑橘類を買い込んできた。甘酸っぱくほのかな苦みがおいしい甘夏、濃い甘酸っぱさが特徴的な不知火、酸味が強くすっきりした味の紅八朔、酸味が控えめで甘く食べやすいはるかの4種類。全部おいしいけど、個人的な好みとしては紅八朔、甘夏、不知火、はるかの順に好きだ。紅八朔は先日初めて食べて、口内に小さな傷でもあれば必ず沁みるような強い酸味が本当においしく、傷に沁みても食べたいと思わせる味だった。実際にそうした。

 育ち過ぎたのを放置していた畑のサニーレタスとチマサンチュ、パセリをようやく収穫した。猫に掘り返されたのを埋め直したじゃがいもも、いつの間にか芽が出ていた。

 再放送のを録画していたテレビ「美の壺 日本のすし」を観たので、猛烈におすしが食べたい。

 

2024/03/28 Thu.

 明け方、布団の足元にふくちが来ていて、ひたすらもぞもぞと毛繕いをしている。人間が身だしなみを整えていてもかわいくもなんともないのに(その結果多少かわいくなることはあったとしても)、毛繕いをする猫というのは本当にかわいい。まだ寝ぼけている頭でもそう思った。

 STORESのショップ「stand up with you」さんで購入したステッカーが届いた。きらきらに加工された紙に、ポップなかわいいフォントで「家父長制ぶっつぶす」と書いてある。見ているだけで元気が出てくるようなステッカーなので、さっそくiPhoneケースに挟んだ。保守が多い県だろうが構うものかと強がりたい気持ちはありつつも、実際は自分の父親に「CDの音量を下げてほしい」と意見するのさえ勇気が要る。父がシベリウスやマーラーを家じゅうに響くような大音量で聴くのなら、私だって刀ミュやカリスマを堂々と聴いてもいいはずなのに…。村正やWSAのソロ曲を思うと到底それはできないものの、そうしたリスク(?)のない音楽まで隠れてこそこそと聴くのはもう嫌だ。父親のことはちゃんと父親として尊敬しているし好きではあるけど、それはそれとしていつかは父の扶養から抜け出したい。自分で稼いだお金や自分で申請した制度を利用して、誰に遠慮することなく好きな音楽を楽しめる生活をしたい。自分を取り巻く家父長制から脱出し、ゆくゆくは世の中の家父長制という家父長制をぶっ潰すために、iPhoneケースに挟んだきらきらの主張が自分の支えになりそうな気がする。

 

2024/03/29 Fri.

 以前働いていた園芸店へメネデールを買いに行くと、私が書いたレモンの苗木の販促POPがまだ使われていた。よく見ると字の書き方や絵の細かい部分が私のものと違うので、私が書いたPOPの文面やイラストをそのまま真似して新しい紙になぞり書きしたのだと分かる。辞めてもう随分経つのに、こうして使い回してくれるのはちょっと嬉しい。

 帰り道、神社の桜が満開できれいだった。桜はこの国のナショナリズムと密接に結び付けられてしまっているので、当の桜には何の罪もないのに、本当に気の毒な植物だと思う。

 久し振りに燻製を作りたいと思い、その下準備をした。手羽先やサーモン、ゆで卵、チーズなどの食材に塩とスパイスをすり込み、まずは冷蔵庫で丸一日置く。おいしく作れるといいなあ。

 

2024/03/30 Sat.

 年に一度の予防接種のために、とらちを動物病院に連れて行くことになった。ところが、元野良猫で抱っこに不慣れなうえ、とびきり警戒心の強い性格なので、不穏な気配を察したのかすぐにするりと逃げられてしまった。そこからはもうどたばた喜劇で、俊敏に逃げ回る猫を人間ごときが捕まえられるはずもなく、病院はまた後日ということになった。それが朝の話で、無事に逃げおおせたとらちはお昼前になってそろそろと一階に降りてきて、もう追いかけ回されないらしいと分かるとほっとしたように網戸越しの外の風を楽しんでいた。

 庭に燻製器やガスコンロを置いて、昨日仕込んだ食材を燻製にした。燻製を作るのはこれで3,4回目くらいだけど、未だに正解がよく分かっていないので、素人の手探りで毎回やってみている。チップが炎上したり、なかなか煙が出なかったりとスムーズにはいかなかったものの、とりあえず自分で食べておいしいと思えるようなものには仕上がった。特に手羽先がおいしくできて、生焼けにならずきちんと火が通っただけでも嬉しいのに、スモークの風味がそれらしくついていて良い味だった。燻製、スパイスカレー、ミルで豆を挽いて淹れるコーヒーなど、こだわって手間をかけて作る食べ物は面倒だけどとびきりおいしくておもしろい。いつかはこれらを趣味だと言い張れるくらいには極めてみたいかもしれない。

 

2024/03/31 Sun.

 庭に出たついでに、鉢植えに生えていた雑草を抜き取ってみたら、久し振りにする草むしりの感覚が楽しくてしばらく草取りをした。素手で土や草に触るのってやっぱりいいなあ。お隣に人が引っ越してきてからは、聞こえてくる不機嫌そうな声が怖くてめっきり庭仕事をしなくなったけど、やっぱり庭で何かするのは楽しい。昨日の燻製作りも、野鳥の声が聞こえるだけの前半はそうだった(後半は、帰宅してきた隣人の声に怯えて満足に楽しめなかった)。植物に対する私の情熱や執着は隣人の罵声なんぞに負けないもののはずなのに、臆病風に吹かれてしまって悔しい。

 

週間日記(2024/03/18-03/24)

 

2024/03/18 Mon.

 UpNoteに書き出した内容をいくつかピックアップして、旅の日記ブログを書いた。厳選したつもりだったけど、記事のスクロールバーが随分短くなってしまった。

 すき焼きっぽい味付けのおかずが食べたくて、野菜と肉を適当に砂糖醤油味で煮てみた。ところが、本当に適当に作ったせいか、あまりすき焼きのような味付けにはならなかった。これに何を足せばいいのか分からず、おいしくない訳じゃないけど何か違うなあと思いながら食べた。いつもほとんどの料理がレシピ頼りなので、感覚で味付けをするのは難しい。

 

2024/03/19 Tue.

 4回目のオンラインカウンセリング。最近はどう過ごしていたかという話で、知り合いの人達との食事会に参加したことと、大阪へ一泊二日の一人旅に行ってきたことを話した。UpNoteとブログに書いて落ち着いたかと思っていたけど、やっぱり旅行の話を誰かに聞いて欲しかったらしい。しかも、傾聴のプロとなるとこちらも非常に話しやすくて、人に話して聞いてもらう喜びや安心感が確かにあった。また、遡及請求した分のまとまった額の障害年金が口座にあるので、それを資金にある程度の都会へ出て仕事を見つけて一人暮らしをしてみたいという夢も話した。親に言うと苦笑いなり笑い飛ばされるなりしそうだし、自分にはどうせ無理だろうと思って、今まで誰にも話していなかった。ところが、そのお金があるなら実現できるんじゃないかと背中を押してもらえて、遠い憧れが急に夢物語じゃなくなったのでびっくりしたし、嬉しかった。

 それから、街中での一人暮らしについて真剣に考え始めた。メリットとデメリット、どういう地域や物件に住みたいか、仕事は何ならできそうか。どうしよう。自分には到底実現不可能なことだと思って諦めようとさえしていたことだったから、やればできるんじゃないかと思えてきてしまった。一人で旅行に行ったことで、いくらか気が大きくなっているのかもしれない。心理学を学ぶための大学への編入だってこうした勢いでやってしまって、結局心理士になる目標は一旦停止しているのだから、この突然降ってわいた選択肢に対しても慎重にならないといけないかもしれない。でも、編入した時だって「できるか分からないけど、やれる所までやってみよう」と思ってのことだったし、今も後悔はしておらず、やってみて良かったとは思っている。とりあえず、考える分にはまだリスクもないので、「半分自活計画」と銘打って色々書き出してみた。完全に自活したいけど、今は障害年金に頼らずには難しいので「半分」。

 

収入と仕事について

・障害年金がもらえる間は、フルタイムでないパートで給料が月に10万円いかなくても多分暮らせる

・そこそこの都会なら働き先は多いし、車がなくても公共交通機関で通勤できる。「運転できないから働けない」と諦めるのではなく、運転できなくても働いて稼ぐことのできる場所に移動すればいい

・田舎だと社交不安障害としては知り合いとの遭遇が怖くて就業場所が限られてしまうけど、知らない人ばかりの人が多い場所なら気にしなくていい

 

一人暮らしの良い点

・自由。自立したいという目標が、田舎にいる時よりも叶えやすい
・知り合いが怖い社交不安障害にとって、田舎の閉鎖的なコミュニティは生きづらい
・親に車を出してもらわずとも自分一人でどこへでも行ける場所に住みたい
・親に経済的負担をかけたくない。親に養われる、親のすねをかじる状態から脱せられる
・親の顔色を窺わなくていい。家の中で「子」としての自分を演じなくていい、「自分」として生きられる
・プライバシーを完全に確保できる。電話ができる、部屋に人を呼べる
・体調が悪くなって辞めても、転々とできるだけの数の仕事先がある
・都会で病院も多いので、保険適用のカウンセリングを受けやすくなる
・私にだって好きな場所に住む権利がある

 

一人暮らしの懸念点

・やっていけるかどうか。また心身の調子が悪くなって働けなくなり実家に逆戻りは嫌だ
 →以前の自分と全く同じ状態じゃない。その時はその時で考えたらいい。やってみて駄目だったら、また実家に戻ってくればいい

・働けるとみなされて障害年金が降りなくなり、フルタイムで働かないといけなくなる。その時働けるか
 →どのみち今回の受給自体運が良かったようなもの。今の生活を続けていても、働けるようになるとは限らない。チャンスや選択肢の多い場所でいっぱい失敗して経験を積んで治療にこぎつけて、今より良くなる可能性に賭けたい

・金銭的に余裕のない生活になる、好きな物や欲しい物をなかなか買えなくなる
 →どうせ老後も年金だけでは暮らせない。だったら働けるようになりたい。大学時代も仕送りでなんとかやれていた

・祖母と猫が寂しがる
 →猫には両親と祖母がいるし、猫は3日で飼い主を忘れると聞く。祖母の機嫌は祖母自身に取ってもらう。そもそも、私が病気で帰ってきていなかったら本来ここではないどこかで暮らしていたはず

・生活するだけの体力気力があるか
 →ここ数年で多分一番調子がいいし、以前の自分と全く同じ状態ではない。駄目だった時にまた考えればいい

・満員電車だと通勤がつらい
 →自転車に乗ればいい

・観葉植物を運ぶのが大変、一人暮らしの部屋でも育てられるか、場所を取る
 →少数精鋭に絞って連れて行く。いくら植物が好きでも、植物を理由に働き口のない場所で悶々としていたくない

・庭の鉢植え、畑の植物が気がかり
 →鉢植えは全部畑に植えるなり枯らすなりして諦める。植物があるからと自立チャンスを手放す気にはなれない

 

2024/03/20 Wed.

  一時間ほど散歩をした。ものすごく風が強い日で、どうしてこんな強風の中を歩いているんだろうと我ながら不思議に思うほどだった。でも天気は良かったし、つばめが飛んでいて、桃、れんげ、オオイヌノフグリ、ムラサキハナナなどの花も咲いていた。パン屋さんでいくつかパンを買い、お昼ごはんにした。モーンプルンダーというケシの実のパンが、とても好きな味でおいしかった。熱いコーヒーとの相性が最高。

 午後は県知事選の期日前投票に行った。この人にぜひと思えるような候補はそうそういないけど、選挙はベストではなくベターな方を選ぶものなので、消去法で一番ましだと思える人に票を入れた。

 半分自活計画として、さっそくネットで物件を探してみた。かなりの都会でも、希望の条件を大体満たす家賃3万円台の物件があり驚いた。どうして安いんだろう、築年数が経っているからか。それにしても、自分には絶対に無理だと諦めてしまいたかったことに実現の可能性があることに気付いて、未だにかなり動揺している。やってみて無理だったらまた実家に戻ってくればいいし、これは本当にチャンスなのでは。やっぱりできなかったと思って帰ってくる羽目になることもないとは決して言いきれないけど、先のことは分からない。チャンスがあるなら挑戦してみてもいいんじゃ…。

 

理想の物件

・ワンルーム、可能なら1K
・キッチンは絶対にIH、コンロが2口以上あると特に良い。調理スペースも少しは欲しい(自炊のモチベーションに関わる)
・風呂トイレ別(ユニットバスは無理)
・南向きの大きな窓(日光がないと病む)
・洗面台も欲しい(洗面台のない部屋は不便だった)
・観葉植物の植え替えができる広さのベランダも欲しい(多分植物無しには生きていけない)
・スーパーの近く(食生活に大きな影響がある)
・できれば公園も近くにあると嬉しい(外出しやすくなる)
・最寄りの駅までは徒歩15分以内、できれば10分以内だと助かる
・築年数にはこだわらない

 

2024/03/21 Thu.

 洗濯機を4回回して、ダイニングテーブルを念入りに拭き上げたり、先日の強風で庭に飛んできたごみを拾ったり、せっせと家事に励んだ。庭の倒れた植木鉢も起こして水をやる。畑を見ると、いつ植えたか忘れたアスパラガスがにょっきりと生えてきていた。初めて収穫できるので嬉しい。もう少し伸びてから採ろう。

 半分自活計画について考える。一個だけどうしても引っ掛かる部分がある。猫達と離れるのがものすごく寂しい。現在猫達が家族の中で一番懐いているのはおそらく私だから(でも両親も同じことを言いそう)、日中いつも家にいて撫でたり構ったりする人間がいないとなると、猫達も寂しがるんじゃないだろうか。私はそれ以上に寂しがるけど。私にすり寄ってくるふわふわの温かい生き物と一緒に暮らせないことを思うと、想像しただけで涙が出てくる。私が泣きながら毛並みを撫でていても、撫でられている本人は何の関心も示さずぐっすり寝ていて、そのマイペースさがまた愛おしい。こんなかわいい生き物を置いて、私は私のやりたいこと(自活、自立、一人暮らし)にかまけるのか。こういう場合に世の中の人はどうするんだろうと検索してみると、結構よくある悩みらしく、ちょっと安心する。犬と違って、猫は一ヶ月も経てば飼い主を忘れるものらしいとある一方、飼い主を探してそわそわしたり、寂しそうに鳴いたりもするらしい。大好きなとらふくにそんな寂しい思いをさせたくないなあ。ペットを飼っている人はそのペットを愛するものだと知識としては知っていたけど、まさかこんなに離れがたい存在になるとは思ってもみなかった。

 

2024/03/22 Fri.

 明日から雨が続くので、今日のうちに猫達のクッションやブランケットを洗濯して庭に干した。ふかふかに乾いたものを取り込むと、さっそくとらちがクッションに寝ていた。

 リラックスチェアに座っていると、膝の上にふくちが乗ってきた。毛繕いをしたり、うとうとと眠たそうにしたりとくつろいでいる。温かさと適度な重みが心地良く、撫でるとふわふわで、猫って本当にいい生き物だなと思う。

 

2024/03/23 Sat.

 思い思いの場所でのんびりと過ごしている猫達に申し訳なく思いながら、家じゅう掃除機をかけた。スイッチを入れた途端にちりぢりに逃げていって、自分のせいながら気の毒だった。

 ロルバーンの手帳がとても気に入っているものの、方眼ページを書き損じるとテンションが下がること、リングノートゆえにページの並べ替えができないことなどがささやかな不満となり、システム手帳に手を出してみた。A5サイズで無色透明のビニール製の本体に、クリーム色の方眼レフィルをセットした。A5サイズともなるとかなり大きくて、持ち歩くのには不便かもしれないなと思うけど、たくさん書けるのが嬉しい。使い始めては中途半端になっているノートが何冊もあるので、これらを一元化してしまうのにも憧れる。やることリストなどをUpNoteで管理するのはとても便利だけど、紙に書いたほうがなんとなくより達成感が得られそうだし、字を書く機会がめっきり減ったのでペンを持つ頻度を少しでも増やしたい。デジタルにはデジタルの、アナログにはアナログの良さがあるので、気分で使い分けられるようになりたい。とりあえず今は紙とペンの気分。

 表紙として、無地のレフィルにボールペンでとらふくの絵を描いたページを挟んだ。一発書きだけど、思ったより好きな感じに描けた。絵を描く機会も増えるといいなあ。

 

2024/03/24 Sun.

 半分自活計画において、障害年金とアルバイトで一人暮らしをやっていくためのお金関係のシミュレーションをしてみた。九州一の都会である福岡市に住むとして(福岡市に良さそうな物件があった)、ネットの情報を頼りに以前園芸店で働いていた時と同じくらいの勤務時間と出勤日数で考えてみると、多分こうなる。「多分」というのは、計算という行為全般に全く自信がないからだ。

 

福岡県の最低賃金941円×1日当たり5時間勤務×月に15日出勤(週4日程度)×社保等で引かれるので0.75を掛ける=手取り52,900円くらい

障害基礎年金132,500円×6回+年金生活者支援給付金10,280円×6回=一年間に障害年金として受け取れる額は合計856,680円

856,680円÷12ヶ月=1ヶ月当たりの年金は71,390円

手取り52,900円+年金71,390円=1ヶ月当たりの生活費は124,290円

 

 また、別のサイトには、手取り12万円の場合でやりくりする生活費の内訳も書いてあった。私は物欲の塊で、欲しい物は多分かなり人より多い方なのではないかと自覚している。だから、そういう自分にとってはかなり金銭的に厳しい生活にはなる。こまめに帰省したいとは思っていても、片道5,000円の新幹線代はおろか、高速バス代だって相当痛い出費になる。ただ、文学部の大学生だった時の生活費を考えると、税金を引いた額でもその頃より少しは余裕がある。そう思うと、やってやれないことはないんじゃという気が湧いてきてしまう。それに、全国39位の最低賃金の低さを誇る我が県の順位を思うと、全国19位である福岡県に行ってみるべきなんじゃないだろうか。ただし、898円と941円というどんぐりの背比べではあるものの。お金を払えば一人の人間に労働を強制して職場に縛り付けられるという考えだけでおこがましいのに、この安さはなんだろう。全国の最低賃金をせめて1,500円くらいにはしてほしい。