苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2024/03/11-03/17)

 

2024/03/11 Mon.

 ショッピングモールの服売り場で、植物画のようなリアルな植物のイラストが描かれたTシャツを見つけた。イラストの雰囲気が好みなうえ、それぞれの植物についてスウェーデン語で説明が書いてある。サイズが3Lと4Lしかなく、普段自分が着ているLLがなかったので少し迷ったものの、大は小を兼ねるし何より植物の絵がかわいいからと結局購入した。翻訳アプリで調べてみると、描かれているのはリンネソウ、西洋イラクサ、イワミツバ、スズラン、ヤブイチゲらしかった。イラクサとスズランはぱっと見て分かるし、日本の三つ葉に似た葉と、イチリンソウっぽい花だと思ったので正解にかなり近かった。リンネソウという植物は「確かそういう名前の植物があったような」というおぼろげな記憶しかなく、見たことのない植物だったので、未知の植物をTシャツのプリントという形で身近に感じられてわくわくする。それにしても、大抵の服屋さんにはフリーサイズという名のワンサイズの服しかなく、あってもMかLサイズばかりで、大きいサイズのコーナーには3Lや4Lが主なので、LLの服となると本当に選択肢が限られて困る(LL以上のサイズ自体とても少ない)。服を買いに行ってもサイズがないとなると、顧客として認められていない疎外感をこじらせて、まるで社会に自分のような体型の人間が存在していることを許されていないかのようなむなしさを覚える。服は人間が着るために作られたものなのだから、服のサイズに合わせて人間が体型を変えようとするなど順序がおかしいし、巷のルッキズムに抗うためにも社会から求められる画一的な体型からはみ出そうと思いたい気持ちはある。でも、やっぱり好きな服を着たいから、痩せたい。この矛盾がまた悲しい。

 

2024/03/12 Tue.

 書くのをさぼっていたここ数日分の日記をまとめて書いた。毎晩書くのは自分にはどうも難しく、日記のネタになりそうなことを思いついた時にUpNoteに箇条書きでメモしておいて、後から文章として書くやり方が合っているらしい。Evernoteから乗り換えたUpNoteは、かなり使い勝手が良くて気に入っている。

 紫色の花だけ先に咲いていたチューリップのプランターに、黄色の花が加わった。古い球根も鉢に植えておいたら、赤とピンクと黄色の花が咲いた。先日畑に植えたじゃがいもは、野良猫にほとんど掘り返されてしまった。頑張ってふかふかに耕した土が、トイレとして気に入られてしまったらしい。芋を適当に埋め直して、野良猫対策のとげとげしたやつ(名前が分からない)を置いた。ミニにんじんの種をまいた畝もめちゃくちゃになってしまっているけど、これは面倒だったので放置している。

 

2024/03/13 Wed.

 明日からの旅行に備えて、荷造りをしたり、旅の計画や下調べを見直したり。家じゅう掃除機をかけたり、整頓したり、洗濯物もぎりぎりまで洗って干した。楽しみでそわそわしている。飛行機に乗ると、着陸に向けて降下している間じゅう耳が激痛に襲われるので、まだ習得できていない耳抜きの練習をしてみた。どうやら上手くできたような気がする。

 晩ごはんを作っている時、IHコンロ3つと電子レンジを並行して使いこなしているのがいかにも料理をしているようで我ながらかっこいいなと思ったものの、そうやって自惚れていたらおかずのひとつに塩胡椒をし忘れてしまった。食卓に出す直前で気付いたから良かったけども。

 

2024/03/14 Thu.

 「大阪一人旅日記 その1」参照

 

2024/03/15 Fri.

 「大阪一人旅日記 その2」参照

 

2024/03/16 Sat.

 朝起きると、枕元にふくちがやって来た。真っ白の毛並みで視界が埋め尽くされて幸せ。しばらく一緒に布団でごろごろして過ごした。掃除機をかけたり、観葉植物や庭の鉢植えに水をやったり。一人旅が終わって、すっかりいつもの日常に帰ってきた。先日食べたネーブルオレンジの種をとっておいたので、小さい鉢に植えてみた。

 旅行の思い出を逐一誰かに聞いてほしくて、とりあえず自分用にと思ってUpNoteにまとめてみることにした。2日間で600枚以上撮った写真を一枚一枚人に解説したい欲求が収まらず、かといって親を付き合わせる訳にもいかない。Blueskyにアップするのも大変なので、写真を厳選してブログにでもまとめてみようかなあ。でも枚数が多すぎるしなあ。

 

2024/03/17 Sun.

 昨日に引き続き、UpNoteに自分用の旅のまとめを書いた。人に話したいこと、自分の中だけで留めておきたいことを全部書き出して、写真も全部添付して、かなりの時間がかかった作業だった。ひとまず出力はしたので、誰かに全部聞いてほしいという欲求はいくぶん鳴りを潜めてくれた気がする。自分は話すことが下手だから苦手なつもりだったけど、話すこと自体はひょっとしたら好きなのかもしれない。でなければ、こんなに「私の楽しかった話を聞いて!」と思うはずがない。